ポツダム宣言への反応
「ポツダム宣言に天皇制存続が入らなくて残念です」
「合衆国内の世論が許しません。大統領もグルー閣下も苦しい決断だったようです」
ベルンの喫茶店で北山はアレンと再び会合を開いた。
議題は先日共にラジオで聞いたポツダム宣言だ。
「それでも酷い。日本及び日本軍を壊滅させる、日本を全て破壊すると言っているに等しい。無責任な軍国主義を世界から駆逐する、戦争責任者開戦に至った責任者を処罰することは良いが、何処までやるのか明示していない、陛下まで責任を負わせると言っているに等しい。とても受け入れられる内容ではありません」
実際、日本でもポツダム宣言の内容は受け入れられないとして、拒否するべきと言う声も多かった。
だが、まだ交渉の余地はあるとの見方もあり、ノーコメント、承諾はしないが拒否しない姿勢をとって、交渉の余地を引き出そうとしていた。
北山とアレンが会合を重ねているのもこのためだ。
「日本は戦争を継続せざるを得ません。しかし、この宣言はアメリカの独善が過ぎますね」
「連合国の総意です」
「チャーチルは首相の座を交代するため帰国中ですし、中華民国は代表者がいません。ポツダムで宣言を述べたのはトルーマン大統領だけでしょう」
北山の指摘は正しくアメリカの意見が大きく反映されていた。
総選挙の敗北が確定したチャーチルは、首相交代を国王に伝えるべき帰国中だ。
帰国前にトルーマンからポツダム宣言の草案を渡され、日本国民から日本政府へ文言を変えるように伝えた程度だ。
中華民国にいたっては、大陸打通作戦の日本軍勝利の影響で発言力が低下しており、代表者をポツダムに送り込む事さえ出来ていなかった。
ソ連はまだ対日参戦していないので宣言に加わっていない。
事実上、アメリカ一国で決めたのと同じであり、戦争と戦後の主導権が誰にあるのかを示していた。
「しかし、世論は日本が拒絶したと考えています」
「報道のせいです」
ポツダム宣言が出ると日本の新聞社は一斉にポツダム宣言を拒否するような社説を挙げ戦争継続を訴えた。
鈴木貫太郎首相は記者会見で「共同声明はカイロ会談の焼直しと思う、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し断固戦争完遂に邁進する」と答えた。
これを日本の共同通信は「黙殺」と書いたが、翻訳で「ignore(無視)」としロイターとAP通信では「reject(拒否)」と書いた。
そのため日本がポツダム宣言を拒絶したと考えるようになった。
「確かに報道の連中を黙らせられなかったのは大きいです。しかし、トルーマン大統領は日本の無条件降伏にこだわっています。そのために受け入れられない条件を出し、拒絶させることで今後の作戦を正当化、本土上陸、ソ連の参戦を正当化しようと考えています」
「それであえて、拒絶するように仕組んだと?」
「はい」
「戦争が続けば、戦後、アメリカの立場が悪くなるとお伝えしたはずですが」
「大統領は日本を無条件降伏させる事を優先しています。ソ連とは現在同盟関係を結んでおり、戦争が終わるまでは協力する事を重視しています」
「戦争が終わった後、対立することになるでしょう。現にソ連は東欧でやりたい放題だ。アジアでも同じ事になると分かっているのですか?」
「グルー閣下もその点を再三指摘していますがトルーマン大統領は認めていません。日本の打倒を最優先にしています」
「ソ連が増長しますね。東欧で好き勝手にやっているようです。ポツダムでも様々な箇所へソ連軍を派遣しようとして共産化を進めている」
事実だった。
レンドリースの物資を輸送する為、中立国のイランへ英国軍とソ連軍が攻め込み占領していた。
日本海軍のインド洋通商破壊により大戦中は機能していなかったが、ソ連軍はイランの赤化のため、英国はその阻止のためにイランに駐留していた。
撤退する事を約束していたが、実行されるかは不明だ。
他にも米英との約束を守らず、ソ連軍占領地域で自由選挙を行わずソ連軍の武力により親ソ政権を誕生させ衛星国化を進めていた。
「約束破りばかりのソ連を信用することなど馬鹿げている。むしろ違反を盾にソ連との協定を破棄し改めて要求を突きつけた方が賢明でしょう」
「そうおもいますが、大統領はソ連との関係を対日戦終了まで維持するお考えです」
「沖縄戦の終結も見通せないのにですか」
「圧倒的な武力をアメリカが持っており、日本を叩き潰せると考えているからです。日本に反撃出来る能力も、アメリカに被害を及ぼす事も出来ないのですから」
「そうですか……」
実際、正しい分析だ。日本軍に反撃能力はあと一回しかない。
その後は何も出来ない。
北山は溜息を吐くと席を立った。
「交渉はこれ以上は無理なようですな」
「どちらへ?」
「最善策が実行出来ないのです。次善策を実行するだけです。これ以降はスイスの駐在武官とお願いします。万が一の時はリストの人物を頼ってください」
「何をなさるのですか?」
「私は商人です。商売をするだけですよ」
それだけ言い残して北山は立ち去った。
誰に何を売り込むのか、アレンは恐ろしくて聞くことが出来なかった。
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