インディアナポリス撃沈の影響

 七月二六日


「大統領、インディアナポリスが撃沈されました」


 ポツダムで補佐官からの報告を受けたトルーマンはショックを受けた。


「積み荷は? 原爆はどうなった」


「テニアン到着前だったため、共に沈んだそうです」


「原爆による投下は不可能になりましたね」


 一緒に報告を聞いていたグルーはトルーマンに勧告した。

 原爆のことは聞いていたが具体的な輸送計画は聞いていなかった。

 インディアナポリスが輸送し、撃沈された事、原爆を失った、と聞いて原爆投下計画が大きく遅れている事を叱咤。


「大統領閣下、日本を降伏させるために皇室を残すことを確約してください」


「だめだ。国民は許さないだろう」


 最新の調査1945年6月のギャラップ調査によるとアメリカ国民の33%が昭和天皇の処刑を求め、17%が裁判を、11%が生涯における拘禁、9%が国外追放するべきであると回答するなど、天皇に対するアメリカ世論は極めて厳しい。

 ここで、皇室を守ると宣言したらアメリカ国民はアメリカ政府に反発するだろう。


「ですが、沖縄戦の終結さえ先が見通せません。ここは宣言に皇室の保護を盛り込み、講和しやすくするようにした方が」


「無条件降伏が絶対の条件だ。国民が求めている」


「ですが、このまま攻略を続けても莫大な犠牲を払うだけです」


「いや、このまま攻略を続行する。実際、沖縄本島への攻撃は順調に進んでいる」


 湊川上陸作戦の失敗後、バークナーは嘉手納からの正面攻撃を続けた。

 嘉手納への反撃と湊川上陸作戦への対応で、兵力と戦力――戦闘による消耗は勿論度重なる夜間移動と夜襲で疲れ切った日本軍将兵の戦闘能力は低下し、防衛線の維持が不可能になった。

 第三二軍は、防衛線の縮小を決断。

 嘉手納方面の防衛線から撤退し、首里を中心とする陣地にまで下がり持久戦への移行を決定した。

 日本軍の撤退は迅速かつ、徹底して行われ、米軍に捕捉される事は無かった。

 結果、米軍は日本軍防衛線の突破に成功。

 北飛行場と中飛行所の二箇所を占領する。

 そのまま、北上し沖縄本島北部をほぼ占領した。

 だが、第三及び第四遊撃隊のゲリラ攻撃を受け、被害が出ている事も確かだった。

 しかし、沖縄本島の大部分を占領したのは事実であり、陸上航空隊も進出し、沖縄攻略に一歩前進したと判断していた。


「ですが、日本軍は守りやすい場所へ撤退しただけでは? 今後、更に持続的な攻撃を行う事になるでしょう」


「我が軍の勇戦を侮辱するのか」


「いいえ、前線の将兵は勇敢ですが我々の方針が間違っていれば、いらぬ犠牲を出します。沖縄の中盤でこれだけの犠牲を出しています。日本本土上陸作戦など行えば、どれほどの犠牲が出ることか。参謀本部では一八万の死者が出ると出していますが、上方修正が必要だと考えます」


「我々にはまだ切り札がある」


「原爆は、沈んだのでしょう。もし使えたとしても、あれほど残忍な兵器を使うべきではありません」


「日本軍の自殺攻撃、カミカゼをするような連中だぞ。まともに戦えるか」


「追い詰められているだけです。祖国が日本が無条件降伏により無くなることを恐れて恐怖から自暴自棄になってカミカゼへ追い立てているのです。原爆を使うよりまだ理解出来ますし、真っ当です」


 たった一発の爆弾で中規模の都市なら消滅、全ての建物と市民を殺戮出来るなど真っ当ではない。

 第一次大戦の毒ガス戦よりさらに酷い結末が訪れるだけだ。

 あまりに威力が強すぎて、前線で使えば味方の将兵さえ巻き込みかねない。

 かといって敵の後方へ使うにも民間人を巻き込んでしまう。

 ルメイの無差別爆撃で灰燼に帰した東京を初めとする都市の悲劇を何十倍にも大きくするだけだ。

 まだある種の良識、旧時代の美徳を保持するグルーにとって民間人をも巻き込む、無差別に殺傷する戦術も兵器も使ってはならないし、アメリカにとって不名誉な事であると考えていた。

 使用すればアメリカは永遠に消えない汚名を刻むことになると考えていた。


「都市部への使用はせず、無人島に落として威力を見せつけるべきでしょう」


 新国務長官バーンズは原爆開発に関わっていた事もあって、成果を見たい――威力の検証、実際に都市部へ使った場合の被害を見たがっていた上、威力を見せつけたいのだ。

 そのような意見にグルーは反対していた。


「どうか皇室を守ると、日本を交渉の場に立てるよう、降伏が受け入れられるようにポツダム宣言に日本の皇室が維持されることを表記してください」


「ダメだ。当初の方針通り、無条件降伏を日本に求める」

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