原爆投下の目的

「完成はまだ先では?」


 北山は商人だが、原爆の威力については配下の情報機関が収集していた。

 ドイツで実験されていたし米英でも研究が進んでいた。

 だが、ドイツは早々に時間と金が掛かりすぎるとして開発を中止しており、その事は商談の中で小耳に挟んでいた。

 しかし米英の場合は、一般情報から手に入らなくなった。

 恐らく極秘に計画をそれも大規模に進めているのだろう。

 確かにアメリカの国力なら戦争中でも大規模な開発を行える。

 だが、あまりにも複雑で大規模な工程、天然ウランから僅か0.7 %しかないウラン235を80%まで抽出したり、過早爆発を起こしやすいプルトニウム型に必要な爆縮レンズを作り出すなどの作業。

 これらはいくらアメリカでもまだ一年以上掛かると北山は考えていた。

 だがアレンは首を横に振って事実を告げた。


「予定より早くなりました。ウラン型は既に十分な量を確保しています。最短で一ヶ月以内に使用されるでしょう」


 ナチスドイツが降伏した今、日本以外に交戦国はない。

 最初に投下されるのは日本である事は間違いない。


「威力の方は?」

「実験では深さ三メートル、直径三三〇メートルのクレーターが出来たそうです。被害半径は十倍に上るでしょう。地上で爆破しましたから、実戦では上空で爆発させるため、被害半径は更に大きくなるでしょう」


 直径三キロを一発で廃墟にされるとしたら中小都市など完全に破壊される。

 東京大空襲で数百トンの焼夷弾を投下された後の惨状を北山は知っているだけに、実験結果を、たった一発の爆弾が示した威力聞いて北山は日本で使用される光景を想像して目眩を起こした。


「投下される前に日本は降伏出来ませんか?」

「天皇制の容認だけでも明言して貰いたい。でなければ正式な交渉は出来ないでしょう」

「残念ですが大統領は原爆投下のために天皇制に関して明言しない方針です」

「どういうことです」

「ソ連への牽制です。戦後、ソ連が増長しないよう原爆という切り札を見せつけるため、デモンストレーションとして投下しようと考えています」


 北山は頭を抱えた。

 十分にあり得る話だからだ。

 もし新兵器、戦局いや兵器のあり方さえ変えて仕舞うものだ。

 だが、新兵器故にその威力をこれまで誰も見たことはない。

 現物を見せても誰も、科学者を除いて、その威力を想像出来ないだろう。

 丁度、飛行機の価値を知らなかった戦前の人間のように。

 ハワイとマレーで航空機の威力を、実際に戦艦を撃沈してその価値を見せつけたからこそ、この大戦は航空機が最重要兵器となった。

 そして生み出された原爆、これも威力を見せつけなければ、世界がソ連がその価値を認めることなどないだろう。

 新兵器の威力を見せつける舞台をショーをトルーマンが求めてもおかしくはなかった。

 戦後、対立させる予定の米ソであるため、ソ連を意識しているトルーマンなら、ソ連を威嚇するために原爆を実戦使用して見せつける事は十分に考えられる。


「しかし、いきなり投下とは」

「投下の為の大義名分を得るために、あえて天皇制の条項は入れず日本への無条件降伏勧告を出そうとしています」

「それでは日本政府は拒絶しか選択肢はありません」

「大統領の狙いはそれです。日本が拒絶したことで大義名分を得て、都市部へ原爆投下を実行するつもりです」


 上手い手だと北山は思った。

 確かに使用の大義名分になる。

 だが、これはルメイの日本本土への無差別爆撃を正当化する屁理屈と同じだ。

 民間人への虐殺など容認出来ない。


「民間人も殺すつもりですか」

「無人島へ投下し威力を見せつける事も考えていたようですが、原爆の威力を見せつけたい、威力を正確に測定したい、とバーンズ長官とグローブス准将が主張しておりまして」


 最大限の成果を、数千人の損害ではなく、数万人という数字を上げるために都市部への投下を計画していた。


「どうにか投下を阻止したい」

「私も民間人の虐殺はすべきではないと考えます」


 アレンは心から北山の言葉に同意した。

 共産主義者の悪行を知っているアレンとしては祖国が、共産主義者と同じレベルに落ちるのが耐えられない。


「何とか、天皇制の存続を入れるように米政府を説得するよう頼みます。私も日本政府に何とか降伏出来ないか呼びかけます」

「頑張ります」


 二人は会談を終え、店をあとにした。

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