トリニティ成功の余波
トリニティの成功は多くの影響を与えた。
その内の一つが、サンフランシスコにいた米海軍重巡洋艦インディアナポリスだった。
硫黄島の戦いで損傷し、米本土で修理が行われていたが、めでたく修理が終了し沖縄沖で作戦中の艦隊へ合流するよう命令が下っており、訓練と準備が進んでいた。
だが、準備が終わっても、他の巡洋艦二隻と共にサンフランシスコで待機を命じられていた。
「あの荷物は何だ?」
インディアナポリス乗り組みの水兵の一人が先日持ち込まれた荷物の事を指した。
「ニミッツ提督専用の香水付きトイレットペーパーだろう」
「あんな不気味な荷物があるかよ。MPの護衛付きなんておかしいだろう」
積み込まれた荷物には憲兵隊が二四時間交代で張り付き、インディアナポリスの乗員さえ近づけさせていなかった。
「俺は真面目に話しているんだぞ」
「俺も真面目だ。何しろ他の仲間と中身が何か賭けをしているんだからな」
「本当に気楽だな」
「ああ、俺たちは沖縄に投入される事が決定しているんだ。その前の休み、なんだか知らないが待機しているのならせいぜい休ませて貰うよ」
「油断するなよ。今朝の新聞でニューメキシコの弾薬庫で大爆発があったそうだ。弾薬庫に火を入れるような真似をするんじゃないぞ」
「そんな休暇をふいにするようなへま、してたまるか」
気楽に言っていたが、彼らの休暇は終わろうとしていた。
インディアナポリスは司令部から緊急出港命令が下り、出し得る最大速力でハワイへ行き、給油後テニアンへ向かうように言われた。
他の二隻の巡洋艦にも似たような命令がくだったが、それぞれ最大戦速で進むように命じられた。
そして一九日に真珠湾に寄港、燃料補給を行った。
だが、他の巡洋艦は新造のため燃料系統にトラブルが発生し、給油が遅れることになった。
そのためインディアナポリスは単独でテニアンに向かうことになった。
「ソ連の対日参戦が決定しました」
北山とアレン・ダレスは、ベルンの喫茶店で再会した。
ポツダム会談は今後の日本の行方を大きく左右する。情報交換が必要だ。
北山も同意見でありアレンを信用出来るルートとして接触していた。
自分と本国のメンバーが無事である事が証拠だ。
もしアレンが対日工作を仕掛けるなら主戦派にリストを渡すだけで十分だ。
北山達講和派の逮捕も左遷もクーデターも起きていないのなら、アレンはリストを保持していると考えるべきだった。
ならばこちらも信頼に応えなければならず、会談を了承した。
「そうですか」
アレンの言葉を北山はさほど感慨なく聞いた。
既に情報は入っているし、ソ連は対日参戦したがっている。憶測が確定に代わっただけの事だ。
それでも確実になっただけに対処が容易になった。
「すぐに本国に連絡します。それで、天皇制の存続は? 日本の独立の維持は?」
「残念ながら、盛り込まれる予定はありません。大統領は国民との約束を重視する意向です」
上司であるグルーが必死に盛り込むように説得しているが、トルーマンは頷いていない。
アレンの憶測だが、チャーチルが宰相から滑り落ちたことがトルーマンには衝撃的だったようだ。
本人はともかく、与党が国民から見放されたのが英国とはいえショックだったのだろう。
大統領選挙は三年後だが、中間選挙は来年に迫っている。
もしここで日本と妥協すれば、国民は裏切りと捉え支持が低下し、中間選挙――事実上、国民から大統領への中間成績表となる選挙で民主党が大敗する可能性が浮かんだのだろう。
議会と大統領の所属政党が違うねじれ現象はアメリカでは珍しくないが、好ましくない。自分が政権を運営するのならなおのことだ。
そうした事態を避けたいために、トルーマンは強気の姿勢、日本と妥協せず、天皇制について明言しない状況にしているのだろう。
「見込みはありませんか」
「政権内部では沖縄戦の損害から日本との講和を望む声が上がっています」
沖縄戦の戦況は米軍にとって芳しくはなかった。
湊川上陸作戦に失敗したあと、バークナー中将の正攻法、正面攻撃が成功し、米軍は日本軍の防衛線を突破。
嘉手納飛行場を占領した。
これにより本島北部を占領した。
しかし、日本軍の抵抗は収まらない。
首里へ進撃するも、日本の強固な抵抗に遭い、損害が増している。
その数は、膨大で上層部を青白くさせた。
早期講和を望む声が出てくるのも致し方ない状況であった。
「米政府高官の多くは沖縄戦の損害と、予想される本土上陸での損害予想から事実上、天皇制を容認する意向です。ですが大統領がうんと言いません。無条件降伏を前大統領が明言したため、天皇制の存続を認めてしまえば無条件降伏から方針転換をしたように見えてしまいますから。そのような明言を行うくらいなら、ソ連を参戦させる意向です。それに」
「それに?」
「新型爆弾の開発に成功したようです。対日戦に使うつもりでしょう」
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