トリニティ実験成功

 七月一六日

 アメリカニューメキシコ州底路の南東四八キロの地点、アラモゴード爆撃試験場の一角でトリニティ実験――史上初の原爆実験が行われた。

 マンハッタン計画、原爆製造計画によって製造されたプルトニウム型爆弾の起爆実験だ。

 ウラン型――ガンバレル型は臨界量を超えるウランを結合するだけなので超臨界――起爆することは確実であった。

 だが、プルトニウム型は爆縮型、周囲の爆薬でプルトニウムを圧縮し超臨界へ向かわせ起爆させる必要がある。

 そのための爆薬の設計、衝撃波がプルトニウムの球体にまんべんなく、同時に包み込むように圧力を加える爆縮レンズが正しく機能するか、確かめるために起爆実験が必要だった。

 ロスアラモス研究所所長オッペンハイマーがジョン・ダンの詩から引用して命名されたトリニティ実験ではガジェットと命名されたプルトニウム型原子爆弾が高さ二〇メートルの鉄塔に設置され起爆するか確認される予定だ。

 当初午前四時に行われる予定だったが、雷雨のため実験は延期されていた。だが、天候が好転したことにより午前五時十分に秒読み開始。

 午前五時半に爆弾は爆発し19 ktのエネルギーを放出。

 爆心地は放射能を帯びたガラス質の石からなる深さ三メートル直径三三〇メートルのクレーターが残された。

 夜明け前にも関わらず周囲の山々は昼間より明るく照らされ、爆心地より一六キロ離れた観測地点ベースキャンプではオーブンと同じくらいの温度に感じたと報告された。

 爆発から四〇秒後衝撃波による大音響が観測され、衝撃は一六〇キロ先でも感じる事が出来た。


「我は死なり、世界の破壊者なり」


 キノコ雲は高度一二キロに達するキノコ雲を見たオッペンハイマーはヒンドゥ教の詩編『バガヴァッド・ギーター』の一節を思い浮かべた。

 ただ隣にいた実験の責任者、ケネス・ベインブリッジはオッペンハイマーに「上手くいったな」と気軽に話した。

 当然、この起爆実験は秘密作戦であり、公式には、マンハッタン計画唯一の公式記者ウィリアム・ローレンスが起草した案「遠隔地にある弾薬庫の大規模爆発事故、死傷者はなし」として発表され原爆投下まで、公式な発表となった。

 なお、ローレンスの役目は情報操作であり、使われた成功時の案から、予想以上に原爆の威力がありすぎて実験関係者全員が死亡した場合の文案まで用意していた。

 しかし最高責任者であるトルーマンには正確な実験結果知らされた。




「やったぞ!」


 成功の報告を聞いたトルーマンは喜びを露わにした。

 将兵を危険に晒すことなく、一発の爆弾で日本軍の陣地を一都市さえ破壊出来る兵器を手に入れた。

 当初こそ、威力に懐疑的で、不信感を持っていたが、日本軍の進撃、マリアナ奪回作戦を見るにつれて、戦争終結のために原爆に縋るようになった。

 マリアナの防衛に成功しても再び日本軍が来襲する事を恐れており、原爆を求めた。

 来襲の可能性がなくなっても、日本本土爆撃は激しい迎撃の為、上手くいっていない。上陸作戦も狂信的な日本兵の防御――通常三割で全滅判定、戦闘不能なのに九割の損失でも戦い続ける日本兵を相手に米軍の損害が続出している。

 今後予定されている日本本土上陸作戦の損害予想など読みたくない数字だ。

 原爆があればその損害を低減出来ると考えていた。

 だが原爆が未完成である事はトルーマンも分かっており、早期に戦争を終結させる為、必要な手段として――頼りたくなかったがソ連の参戦を求めていた。

 だが原爆実験が成功した今、原爆の実用化は確実となり日本本土を消滅させる事が出来る。

 もはやソ連軍の参戦によって日本を屈服させる事は必要なくなった。


「我が国は画期的な新兵器の開発に成功しました」


 嬉しさのあまり、トルーマンは、その日の会食でスターリンにトルーマンは耳打ちした。

 トルーマンはスターリンが驚く顔を見たかったのだ。


「対日戦で適切に使われる事を願っております」


 だがスターリンは淡々と返事をしてそのままキャビアとウォッカを食べ続けた。

 トルーマンはスターリンが意味を理解していない、と考えたが事実は違う。

 マンハッタン計画の参加者の中に共産主義者がおり、コードネーム・アンテナ――ローゼンバーグ夫妻を始めとするアメリカの核独占を危惧した人々が自発的にソ連に情報を流しており、スターリンは既に知っていた。

 会食での自分の目論見が外れたことにトルーマンは、失望する。


「何か良いことでもありましたかな」


 自分の手が上手くいかず意気消沈しているトルーマンにチャーチルが尋ねてきた。

 チャーチルも先ほど原爆実験成功を伝えられていた。

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