チャーチルの立場

 七月一五日 ポツダム


「大統領閣下、第二海兵師団が湊川の上陸地点から撤退しました」

「そうか」


 ベルリン郊外、ポツダムにやって来たトルーマンは沖縄戦の報告を聞いて苦渋に満ちた顔をした。

 予定では上陸初日に飛行場を奪取して、半月で主要部を占領。掃討戦を含めて一ヶ月ほどで終わるはずだった。

 それに合わせて、ポツダム会談を行う予定だった。

 沖縄への快進撃の最中、トルーマンは颯爽と現れ戦果を強調しつつ会談を行い、会談終了日に沖縄戦の終結を宣言し、会談を纏め上げる予定だった。

 これならスターリンを丸め込めると考えていた。

 外交経験の乏しいトルーマンにとって唯一の手札と言えた。

 それが、上手くいかない。


「お困りのようですな」


 葉巻を咥えたシルクハットの小太りの男性が話しかけてきた。

 大英帝国宰相、チャーチルであった。


「我らがロイヤルネイビーも助力しておりますが、攻略が進まず申し訳ない」

「いえ、大いに助かっておりますよ」


 実際、英国太平洋艦隊の空母には助けられていた。

 日本の特攻機の攻撃を受けても装甲が破られないため、戦闘力を維持しているし、足りない戦艦の一部を補い艦砲射撃を行い支援してくれている。

 チャーチルの落選がほぼ確実なことも、トルーマンの気を楽にしていた。

 一九三五年以来、第二次大戦の開戦もあって議会が延長され、ドイツ戦終了後に行う事になった。

 途中日本が参戦し、ドイツ降伏後も戦っているためチャーチルは対日戦終了後に総選挙を行う事を提案していた。

 しかし、選挙公約でドイツ戦後としたため対日戦の最中、選挙を行う事になった。

 既に先月の内に解散しており、今月五日に投票が行われた。

 当落の確定は二十日以降――日本と違い選挙結果の確定には通常数日かかる、日本の開票作業が異常――だが、チャーチルが宰相の座から落ちる事は確実だった。

 戦争を勝利に導いたチャーチルの人気は高く、彼は議席を維持していたが、所属政党である保守党は四二年から支持率を低下させていた。

 戦時下の厳しい生活、配給制度や各種制限もあり国民が不満を溜めているところを労働党が高福祉政策を掲げたため、労働党が支持を拡大していた。

 保守党は社会主義的政策と非難していたが国民は労働党を支持し、史上初めて労働党が過半数を獲得するのは確実であることが分かっている。

 投票数では保守党が多いが、小選挙区で負けているため、議席を奪われた事が大きい。

 そのため、チャーチルは戦後外交、途中で外交交渉が途絶することがないよう労働党のアトリーを連れて来ている。

 第二次大戦の挙国一致内閣により労働党党首ながらも閣僚として入閣しており、総選挙後は首相になることは確実だ。

 そのため保守党の反対にも関わらずチャーチルはアトリーを連れてきた。

 全ては大英帝国のためだ。

 そして自らの立ち位置も理解している。

 戦後処理の為にやって来ている。

 間もなく退場する事になる自分、しかし第二次大戦を指導した一員としての実績からトルーマンも無視出来ない。

 むしろ、宰相の座を退くため、トルーマンは話しやすくなった。

 そこからトルーマンが、アメリカが何を考えているのか探り出すのが使命だと二度の大戦を戦い抜いた老政治家は考えていた。

 実際、その通りだった。

 トルーマンにとっていやアメリカに取って大英帝国は失墜しつつあった。

 チャーチルがドイツ戦の勝利により大英帝国は戦前以上に強力になったと言った。

 確かにドイツ、イタリア、オーストリアの一部を占領し、地中海の支配力も拡大、イランを占領した状況は大英帝国の支配域を広めた。

 しかし、最大の宝石であるインドとの接触が日本軍により寸断され、栄養失調状態に陥っている。

 しかも日本軍の、有色人種の軍隊の善戦により、大英帝国が撃退され、奪回出来なかったアジアの植民地では大英帝国の権威が失墜していた。

 戦時生産に傾倒していたため、国内で必要な物資を賄えず、レンドリースが失効したため生活必需品をローンでアメリカから購入する状態だ。

 何より、スターリンの勢力拡大が頭の痛い問題だった。

 ドイツ打倒のためにやむを得ないとはいえルーズベルトは必要以上にソ連に肩入れしており、結果としてソ連が増長し勢力を拡大したことは脅威だった。

 ルーズベルトの死により、軌道修正が出来つつあるが手遅れに近い。

 ここから挽回する為にもトルーマンに助言するのが自身の役目だとチャーチルは考えていた。


「お手伝いいたしますが」

「いえ、米国の問題です何とかしましょう」

「ですが、米軍の撤退が早すぎます。ソ連の増長は目に余ります。現状でも危険です。その事を報告するレポートが我が軍からも出ています」


 そのレポートは北山の出したレポート、密かに英国情報部へ情報交換の名の下、警告として送り届けられた代物だった。

 日本軍だが内容が妥当であった上、英国内でも同じ結論が出ていたため真剣に考慮された。


「ですが戦争終結が必要です。我々は、早期に戦争を終結しなければ」


 そう言ってトルーマンは、チャーチルを置いてスターリンに接触した。

 そして近日中の対日参戦の約束を確約した。

 沖縄戦が上手くいっていないことを考えれば、日本を打倒するためにソ連の協力が必要なのは明らかだった。

 スターリンの対日参戦明言は第二次大戦の勝利を、アメリカ軍の損害を小さくする大きな希望だった。

 だが翌日、トルーマンはトリニティの成功を側近から伝えられた。

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