上陸二日目の夜 パットンの苛立ち

「この程度しか進撃出来ないのか」


 上陸二日目の夜、揚陸指揮艦エルドラドに乗り込んだパットンが尋ねた、いや詰問した。

 上陸初日、予定では四キロほど進軍する予定だったのに、二日目に入った今日も最大でも海岸から一キロ前後しか進んでいない。

 本来なら、飛行場――嘉手納の飛行場を占領する予定だった。


「日本軍が予想以上に強固に守っており、進撃出来ません」


 上陸部隊指揮官である第十軍司令官バークナー中将が報告する。

 バークナー中将は第一次大戦の後、士官学校校長を務めていた教育畑の人間だ。

 第二次大戦で前線に復帰したがアラスカ軍の司令官であり、キスカ、アッツなどを奪回したのみで、血みどろの南太平洋へは赴いていない。

 だが、指揮官の不足のため、ローテーションの関係から台湾攻略を任務とする第十軍司令官に任命された。

 だが台湾攻略は諸事情により中止され第十軍は沖縄への攻略が命じられた。

 急な方針転換にバークナーは急いで作戦計画を変更し実行へ移した。

 だが、あまりにも急な方針転換の為、準備は些か遅れていた。

 さらに教育畑だったため、慎重に事を運ぶ性格となっており、進撃を躊躇っている。

 その躊躇いがアフリカとヨーロッパで猪突猛進の戦闘を好んだパットンには苛立たしい。

 彼の戦い方に苛立ちを覚えている将兵も多い。

 スプルーアンス提督もその一人で上陸作戦のエキスパートであるマッドスミス――ホランド・スミス海兵中将に任せたかった。

 彼の性格なら頑強に抵抗する日本軍を損害続出とはいえ、最終的には撃砕出来ると考えていた。

 しかし、激しい性格のため温厚な性格で知られるニミッツ提督さえ怒らせたスミスは、硫黄島攻略戦失敗の責任を取らされ、事実上更迭されている。

 沖縄戦への復帰をスプルーアンス提督は直前まで懇願していたが、ニミッツを始めとする軍上層部に却下され実現せず、バークナー中将が指揮を執っている。

 結果、初日からスケジュールが狂っている。

 硫黄島の時も酷かったが、スミスなら損害に構わず上陸を強行、橋頭堡の維持のために増援さえ送っただろう。

 しかしバークナー中将は混乱を避ける為に、予定通りに進める事を命じた。

 そのため、前線は米軍不利となっており、殆ど平野にもかかわらず進めずにいた。

 だが、バークナー中将の意見も一理あった。

 日本軍は浜辺の後ろにある平野に多数の陣地を構築。

 僅かな起伏をも利用して防御力を高め、兵員の損害を減らしていた。

 そのため粘り強く抵抗していた。


「ドイツ軍より貧弱な装備でここまで粘るとは」


 パットンは沖縄へ行く前、日本軍を知るためサイパンとグアムで日本軍が建設した防御陣地を確認した。

 見たのは貧弱な武装。

 小口径の大砲に、薄っぺらい装甲を持つ戦車、木で囲っただけの掩蔽壕。

 優秀な機甲部隊と優れた装備、コンクリートの防御陣地を作り上げ抵抗したドイツ軍とはあまりにも異質だった。


「ここは敵を褒めるべきだな」


 ヨーロッパ戦線では期待出来ないほどの火力支援――重砲を遙かに超える戦艦の艦砲射撃さえ使われる戦場において彼らが日本軍が粗末な装備で耐えていることに驚嘆した。

 敵の優秀な部分は素直に褒めるのが、名将の条件だと考えるパットンは素直に日本軍を称賛した。

 だが、味方の進撃が滞ることを認める理由にはならない。


「迅速に突破する方法はないか」


「戦車を投入しても、対戦車砲と地雷で撃破されています」


「地雷原を砲爆撃で吹き飛ばしたのではないのか」


「日本軍は各所に敷設しており全てを破壊するのは不可能です。また、進撃しても戦車砲にやられています」


「日本軍の対戦車砲ではシャーマンの装甲を撃ち抜けないだろう」


「日本軍は陣地内にシャーマンを引き込んだあと、側面や背後から対戦車砲で装甲の薄い部分を狙ってきます。しかも、キャタピラなど弱い部分を狙ってくるため、走行不能にされます」


「なんてことだ」


 ドイツ軍の戦いぶりも巧妙だったが、日本軍の戦い方はそれ以上だ。

 いや貧弱な武装を最大限に活用しようとしている。

 実際、この二日間で投入したシャーマン四個戦車大隊が上陸させた約百両の内、半数が損害を受けて戦闘不能にされた。

 各戦車大隊の定数は六〇両。総数二四〇両だが揚陸艦の数と能力の制限で半数以下の投入となった。それを考慮しても、嘆くべき数字だ。

 だが、何時までも嘆いてはいられない。


「確認出来た日本軍の陣地を翌朝から潰すんだ」


 パットンは冷静に命じた。

 ここ最近は日本軍による夜襲は少ないと聞いている。

 当初こそは万歳攻撃を行われ損害が出ていたが、攻撃の跡は日本軍が少なくなりむしろ楽だった。

 上陸部隊も対応するように照明弾や機関銃による掃射を行うようになり撃退出来るようになった。

 だが、フィリピンあたりから無謀な夜間強襲を日本軍は行っていない。

 少しでも長く持久するために無謀な攻撃を止めている。

 なので夜間の内に計画を立て、翌朝の進撃を順調にしようとパットンは考えた。

 しかし、その予想は裏切られた。

 本島の方から激しい砲撃音がした。


「どうした!」


「日本軍の砲撃です!」

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