宇垣の要請
「直ちに反撃するべきだ」
第五航空艦隊司令長官の宇垣中将が電話を使って日吉に直接意見具申してきた。
本土決戦に備え、日本海軍は南九州を担当する第五航空艦隊を編成していた。
他にもフィリピン防衛に第一航空艦隊、台湾に第二航空艦隊、本土東部に第三航空艦隊を配備。
敵の上陸侵攻があった場合は直ちに担当する地域の航空艦隊へ航空機を移動し、敵上陸部隊に攻撃を仕掛ける手はずだった。
「直ちに我が航空艦隊に航空隊を集めてくれ。索敵機の報告で敵空母の位置も分かっている」
九州沖は第五航空艦隊の担当だ。
空母が見えたというのなら、攻撃しなければ。これだけの好機はそうそうない。
宇垣は強く主張した。
「ダメです。敵の上陸が確認されておりません。攻撃に出てはなりません」
しかし日吉、正確には佐久田は出撃を厳禁としていた。
洋上を高速で移動する米軍機動部隊を捕捉するのは困難で、攻撃隊を出しても、接触すら不可能。運良く接触出来た部隊があっても個別に攻撃する事になり各個撃破されて仕舞う。
これまでの戦例でも基地航空隊が海上の空母機動部隊に勝てた例は殆どない。
唯一、第一回マリアナ沖海戦で第一航空艦隊が待ち受け、耐えた事があるのみ。
他は空中集合に手間取るなど失敗ばかりだ。
開戦初期のラバウル沖航空戦では一式陸攻隊が全滅する損害が発生している。
空母二、三隻の艦隊でさえ、十数機では勝負にならない。
複数の空母群を相手に出撃しても時間差で各個撃破されるだろう。
周辺から航空隊を集め、準備を整え出撃したとしても米軍は素早く離脱し徒労に終わる。
特に機動部隊では艦艇の燃料を大量に使う。そのため、敵が確実にいる事が判明する、上陸が行われるまで出撃は厳禁としていた。
上陸作戦の場合、上陸した部隊への支援に艦隊が張り付くことが普通だ。
敵の防御力が圧倒的で損害をまともに与えられないことに目を瞑れば、確実に接触出来る。
だから佐久田は、米軍が上陸しない限り攻撃は仕掛けないことにしていた。
「このまま空襲を受け続ければ損害が増え、戦力がすり減り、出撃不能になる」
数百機の空襲により九州各地の飛行場が破壊されつつあり、戦力が減少する事を恐れた宇垣は出撃許可を求めた。
「ダメです。地上施設は出ているでしょうが、地下陣地や隠匿した機体は生き残っているはずです。彼らを温存するべきです」
佐久田も日本軍も手をこまねいている訳ではなかった。
マリアナ以降、米軍の各地の空襲が現実となり防御施設、効果が認められた地下施設の建設が行われた。
B29の空襲が始まってからは更に力が入れられており、大型機用の地下格納施設さえ完成ししていた。
実際、掩体壕や地下施設に入れられた機体に被害はなかった。
偽装網で巧妙に隠された機体も、たまたま近くに爆弾が落ちない限り被害はなかった。
「しかし、我が第五航空艦隊は激しい空襲を今朝から受けている。損害は甚大だ」
だが空襲を受けている当人にとっては冷静に状況判断など出来ない。
度重なる空襲を受けても平然としていられる佐久田の方が異常なのだ。
左遷されシナ事変で何度も陸戦隊を指揮し中国軍や便衣隊を相手に、時に爆弾テロ、後半では航空機の奇襲。
敵の攻撃を受けながらも任務を遂行した佐久田は、どれほどの損害を受けても、冷静に分析し指揮する能力が身についていた。
だが、参謀の経験が長く初陣、激戦を戦い抜いたのが第一次マリアナとレイテ沖の海戦のみである宇垣中将は空襲を受け続けることに慣れていなかった。
マリアナの時、第一航空艦隊を指揮していた小沢中将なら経験を生かして冷静に指揮出来たかもしれないが、無い物ねだりだ。
「兎に角、防空戦闘のみで敵艦隊への攻撃は控えてください」
念を押すように宇垣中将に伝えた。
しかし、不十分だった。
「第五航空艦隊より敵艦隊発見の入電。絶好の好機なり、これを逃す事など出来ぬ、我全部隊を以て出撃す、以上です」
「なんてことだ」
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