F8Fベアキャット

「何だと」


 これまで零戦で、旋回戦で米軍に後れをとったことなどない。

 一撃離脱と数で追い込まれたことはあっても旋回性能を使ってベテランならば躱せた。

 だが、米軍が旋回に就いてくる機体を投入したというのは信じられなかった。

 しかし鴛淵大尉は、菅野に並ぶ猛者であり、腕も判断力も優れている。

 嘘とは思えない。


「へっ! 上等!」


 だが菅野は戦意を失わなかった。


「聞いたか野郎共! アメ公は俺たちのために新型機を寄越してくれた! 食らい尽くすぞ!」

『おおっ』


 菅野の言葉に全員が雄叫びを上げ、空戦域へ向かった。


「いたぞ! 確かに敵の新型機だ!」


 見慣れた紫電改と、明らかに違うシルエットがあった。


「やけに小さいな。今までの米軍とは違う」


 これまでヘルキャットは勿論、コルセアも大型の機体が多かった。

 しかし、見つけた機体は、これまでの機体より小さく見える。


「当てにくいかもしれないが、喰っていくぞ! 戦闘三〇一新撰組! 突撃!」


 菅野は敵機を目指して突入する。


「畜生、本当に小さくて狙いにくいな」


 鴛淵大尉が言っていたとおり零戦より小さい標的だった。

 だが、菅野は速力を生かして接近し狙いを定めた。


「もらった!」


 必中距離まで近づくと、三〇ミリ機銃を発射する。


「ちっ、躱された」


 だが寸前で菅野に気がつき、敵機は旋回して避けた。

 しかし菅野が驚くのはそれからだ。


「なっ」


 敵機は、素早く回り込み菅野達の後ろを取った。


「馬鹿な、零戦より速いだと!」


 慣熟訓練の為、実戦演習の為に零戦を相手にした空戦演習を行ってきており、零戦の素早さは分かっている。

 後ろに付かれたこともあるので、零戦の旋回速度は分かっている。

 その速度を上回るスピードで後ろを取られた。

 旋回半径こそ零戦より大きいが、速力が早く、後ろに付くまでの時間が短かったのだ。


「全機! 全速で離脱!」


 菅野は無線で叫ぶと機体を急降下させた。

 速力が増し、後ろに食いついた敵機を振り切る。

 銃撃を浴びるが被弾する前に距離を取ることに成功した。


「いやあ、たまげたな」


 驚きつつも、菅野は距離を取ると冷静さを取り戻した。


「連中は速度では橘花に敵わないようだ」


 遙か後方に置いていった敵機が後ろに見える。

 これまで米軍機に追いかけられた身としては痛快だった。


「今度は俺たちが追いかける番だ!」


 菅野は旋回上昇させ、高度を上げつつ再び敵機に食いつこうとする。


「逃がすかよ!」


 逃げようとする敵機を追いかけてダイブし、距離を詰め、機銃を放つ。

 だが、敵機を簡単に避けてしまい再び後方へ回り込もうとする。


「させるかよ!」


 菅野は素早く旋回しつつダイブして敵機を振り切った。

 後方へ付こうとした敵機は、追いつけず、話されてしまった。


「さあ、もう一度だ! 今度こそ落とす」


 菅野は再び狙いを定めようとしたが、敵機は逃げ始めた。


「逃がさねえよ!」


 再びダイブするが、再び避けられた。

 神尾はまたもダイブしたが今度は敵機は追ってこないで南の方向へ離脱していった。


「おいおい、本当に逃げるのかよ」


 敵機が本当に離脱していくのを見て菅野は雄叫びを上げた。


「逃がすかよ!」

『待つんだ菅野!』


 だが鴛淵大尉が止めに入る。


「なんで止めるんですか! 連中が逃げちまう」

『見たところ敵機は零戦より小型で大型のエンジンを積んでいる。燃料がもう無くて母艦に帰還するんだろう』

「チャンスじゃないですか」

『燃料がないのはお前も同じだろう』


 鴛淵大尉の指摘で燃料計を見ると確かに基地に帰る分しか残っていなかった。


『橘花は大量の燃料を食う。貴重な機体を燃料切れで墜落させるな』

「でも」

『お前達が頼りなんだ』

「……はい。菅野一番、新撰組を帰還させます」


 菅野は三〇一を率いて帰って行った。


「新型機を投入するとは敵も油断ならないな」


 鴛淵大尉は帰還するのを見届けてから無線を切って呟いた。


 運良く、撃墜された機体を日本軍は回収し、投入された機体が新型機だと判明した。

 焼け残ったマニュアルから、機体はF8Fベアキャットと判明。

 鴛淵大尉の推測通り、燃料タンクが小さく、航続距離が短いことも判明した。

 しかし、零戦を上回る機動性を見せつけた事に日本軍は危機感を抱き、先行きを不穏なモノにした。

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