子供達の不安
「しかし、大和は凄いですね」
報告が終わった後、班長の一人がいつもなら黙っているのに興奮気味に話しはじめた。
「六本の魚雷の内五本も回避して、一本の魚雷を受けてもほぼ無傷とは凄いです」
「すげーよな」
「……ああ魚雷を一本食らっても大和はビクともしない。前に受けた時も同じだった」
二年ほど前、トラックへ移動中、敵潜の攻撃を受け魚雷一本が命中。だが、浸水が発生しただけで、乗員の殆どは被雷したことに気がつかなかった。
臼淵大尉が言うと、他の班員も口々に話し始める。
初めての戦闘による恐怖のあと大和の不沈性を実感した安堵と喜びが、彼らを興奮させていた。
「大和がいる限り日本は負けないな」
比較的大人びている班長でさえ、興奮しているのだから他の子供達の興奮は激しい。
止めようかと臼淵は考え声に出そうとした。
「沖縄もきっと大和が守ってくれる」
だがこの一言が止めた。
(そうか、やはり彼らも不安なんだ)
親元から離れるのも不安だが、自分たちの故郷が戦渦に巻き込まれるという不安が彼らにはあるのだ。
故郷が戦場に、アメリカ軍が侵攻してくると言われて不安になっている。
だが、自分たちの乗る大和なら、魚雷を食らっても平気な大和なら自分たちを送り届けてくれる。
対馬丸のようには沈まないと言い聞かせようとしている。
そして、米軍が攻め込んできても大和が撃退してくれると信じている、いや信じようとしているのだ。
(でも、やってくるのは数百機の敵機と数十本の魚雷なんだよ)
シブヤン海での空襲と、先の第二次マリアナ沖海戦で何度も空襲を受けた臼淵大尉は、次の戦いで大和にやってくる敵が到底十本未満の魚雷で済むとは思っていない。
確かに大和は四本の魚雷を食らっても大丈夫だし、回避運動で多くの魚雷や爆弾、九割以上は回避出来る。
しかし、相手は米軍だ。
もし四十本の魚雷を撃ち込んできたら、確実に四本は命中してしまう。
八十本の魚雷を撃ち込んできたら、八本。
大和とはいえ八本も魚雷を受けたら危険だ。
百機以上の雷撃機を迎えたら、いかに大和でも撃沈されかねない。
大和も無敵ではない。
現に姉妹艦の武蔵は、第二次マリアナ沖海戦の夜戦で船の魚雷攻撃を受け、ドック入りする羽目になった。
敵の集中攻撃を受けたとき、航空機の魚雷で大和が無事でいられる保障など無い。
そして敵は生半可な兵力ではない。
空母十数隻に搭載機二千機と推測されている。
海戦予想海域の制空権どころか航空優勢も確保出来ず、一方的に敵に制圧されてしまう。
いや戦うどころか、出撃さえ難しい。泊地に停泊しているのも敵の空襲――開戦劈頭の真珠湾のような航空攻撃があり得るため危険だろう。
そのような現実を考えると、とても大丈夫とは子供達に言えない。
「分隊長? どうしました?」
黙り込んだ臼淵に子供達いや分隊員が視線を向けてきた。
「いや、何でもない」
はぐらかすが、子供達はおしゃべりを止め頭に疑問符を浮かべている。
やはり目の前の少年少女は最早、子供ではなく分隊員、自分の部下だ。
配属された正規の水兵のように上官の顔色を常に窺っている。
上官が次にどんな命令を下すか考えるのが良い水兵だ。
海軍軍人は目先が利くのを良しとする。航海中急な嵐などの兆候をみて、備えるのが生死を分けるからだ。
彼らも、少しでも素早く動こうと、臼淵大尉の挙動を観察している。
しかも向けてくる若くて純粋な分、子供達の方が自分の心を見透かしているようで背筋が凍る。
それでも分隊長として臼淵は背筋を伸ばし、命令を下そうとした。
そして気がついた。
「しかし、ここは何処だ」
避難することで頭がいっぱいで臼淵大尉は自分たちが入った場所がどこか分からなかった。
「中々、訓練が行き届いているね」
突如背後、背中の上の方から声が掛けられた。
臼淵大尉が振り返り見上げると、そこにいたのは一八九センチの大男。
伊藤整一艦隊司令長官だった。
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