少年少女達と臼淵大尉
もちろん一般人である少年少女たちに武器を触らせる、訓練させることなどできない。
だが水兵としての一般的な訓練、艦内での生活やロープの結び方、手旗信号、体を鍛えるための体操などを教え、艦内の規律を叩き込むことにした。
これは海軍側にも子供達の側にも良かった。
海軍側は初級とはいえ水兵と同じような教育を行えば良いだけであり、子供たちも学校の授業とは違う体験、それも本物の戦艦の艦内で乗員と同じ訓練を受ける。
乗り込んだ子供達は、まるで乗員の一員になったような気分となり好評だった。
そして、彼らの動きを見た乗員達も悪い気分にはならなかった。
むしろ、手本にならなければとキビキビと動作をする様になる。
彼らの愛らしい姿に故郷の兄弟姉妹を思い出した者は、彼らにそっとラムネや菓子を渡すくらいだった。
「日々の訓練により時間短縮が進んでいる。始めた時に比べ十分以上進んでいる。素晴らしい事だ」
乗艦当初の十五分を考えれば、五分以内の集合は素晴らしい事だった。
「だが、敵の攻撃に対処するにはまだ遅い。四分も切れないでいる。もっと素早く集合出来るように。これでは戦闘配置には付かせられない」
撃沈されるときはあっという間だ。
少しでも早く、集合出来るようにして欲しい。
戦闘配置というのは嘘だが、そうでも言わないと子供達は目標がなく訓練に手を抜いてしまう。
実際、集まりも悪かった。だが、臼淵大尉が副砲指揮官であることもあり、入港までに四分以内に集合出来るようになれば、副砲への立ち入りと各員を持ち場につける事を許可した。
主砲でないことに文句を言う者もいたが、それでも大きな副砲塔の中に、実際に入れることを、実際の配置に就かせて貰える事を楽しみにしていた。
そのため、全員が一致団結して訓練にあたっていた。
「分隊長!」
班長に任命された少年の一人が臼淵大尉に尋ねた。
「私たちが乗っている戦艦大和は世界一の戦艦なのですよね」
「そうだ。この艦は世界一の軍艦だ。この艦がある限り日本は負けない」
普段は戦争の行く末に否定的な臼淵大尉だったが、純粋な子供たちの前に、そして自慢の大和とのことをとなると、本心はどうあれ、こう言わざるを得なかった。
航空機の優位性は臼淵大尉も理解している。
実戦での経験、悲惨な最期を遂げた僚艦を目撃したこともそうだが一番大きいのは父の予言と、深刻に考えなかった自分への自責だ。
臼淵の父親は優秀すぎる機関科将校だった。
能力的にも優秀で海軍から表彰されている。
その優秀な父の頭脳は戦前から今後の戦いは航空機が主役となることを早くから見抜き多くの提言をしていた。
曰く、空軍を創設し、陸海空軍一体で戦うべき、航空機の前には戦艦さえ危うい。
当時としては先進的を通り越して、命さえ危うい発言を常々言っていた。
新任士官だった臼淵は父親の言葉を、妄言と捉え、苦笑しつつ「飛行機など艦艇の対空砲で落とせますよ」と答え、深くは考えなかった。
だが、戦局が進むにつれて、航空機で沈められる艦船が増えた。
戦艦もマレー沖でプリンス・オブ・ウェールズを撃沈した事例から戦闘航海中も危ないとされたが、日本の戦艦は大丈夫、という根拠無き自信を臼淵大尉は持っていた。
しかし、それも自分の目の前で参戦したシブヤン海で陸奥が爆撃により撃沈された事実を見て、父の慧眼に恐れおののき、戦艦に配属された自身の死を覚悟した。
しかし、それは自分の事であり、子供達に強要するべきではない。
むしろ彼らを航空機の脅威から敵の攻撃から守るのが今の臼淵の使命だった。
甲板に集まるよう訓練しているのも万が一を考え、迅速に行動出来るようにするためだ。
だが航空機の威力を、米軍の実力を戦場での実体験が臼淵大尉にはそれが非常に困難だと分からせていた。
襲撃にあえば五分以内どころか三分以内に沈んでしまう可能性が高い。
そのような状況で、急速に傾斜が増す艦内から彼ら彼女らが脱出出来る可能性は低い。
敵の機動部隊が本土へ接近出来る状況ではあり得ない事ではなく、臼淵大尉は真剣に訓練に臨むよう、工夫して彼らを指導した。
同時に子供達が不安にならないように言わなければならない。
臼淵大尉は口を開こうとした。
だが、スピーカーによって遮られた。
『右舷より魚雷接近!』
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