大和第三一分隊

『大和第三一分隊! 前部副砲側左舷上甲板に集合!』

「急げ! 俺たちの分隊だ!」


 放送が流れるとすぐさま艦内各所から、士気旺盛な班長の威勢の良い声が響き、応えるように上甲板左舷、副砲付近へ駆けつける足音が響いた。

 だが、その足音はどれも明るく歩幅が小さい

 それも当然だった。駆けているのは少年少女だ。

 だが、彼らは本物の水兵のように真剣な表情で一刻も早く整列しようとしていた。


「整列いそげ」


 第三一分隊長を任されている臼淵大尉が彼ら彼女に声をかける。


「他の班に遅れるんじゃないぞ!」

「最後になったら班の恥だ!」


 海軍の負けじ根性が表面なりとも叩き込まれているだけに彼らは指揮下の仲間を素早く集合場所へ向かわせようと必死だった。

 転げないようタラップを素早く駆け上り、ハッチの仕切りを踏まないよう跳び越え、甲板に出ると、海風に飛ばされないよう甲板を駆け抜け、指定された場所へ隊列を整えつつ向かう。


「整列! 番号!」

「一!」「二!」「三!」


 班長の指示で、番号を言う。

 彼らの中で特に人望厚く優秀なものを班長に任命していた。

 補佐役として下士官を付けているが、誰一人注意を促す者はいない。

 彼らの動作は完璧である上、表情は真剣そのもの。新兵への洗礼、一寸した間違いを指摘するなど無粋なくらい彼らの動きは良かった。

 任命された班長達は生き生きと仕事をこなしている。

 指揮下にある少年少女達の顔つきも真剣そのものだ。

 整列し全員が揃っているのを確認した班長は臼淵大尉の元へ行き報告する。


「第一班! 集合しました! 欠員ありません!」

「第二班! 集合! 欠員なし!」

「第三班! 集合! 欠員なし!」

「第四班! 集合! 欠員なし!」

「分隊長に報告します! 大和第三一分隊! 総員整列完了! 欠員ありません!」

「よろしい!」


 各班長が出てきて敬礼しながら報告し、臼淵大尉は満足した。

 時計を確認する。

 発令から五分も経っていない。

 合格点だ。


「五分を切っている。日々の訓練の賜物だ。皆良くやった」


 分隊長に褒められて少年少女達は喜んだ。

 声に出さないのは、整列時は浮かれず姿勢を正して、泰然としている事が海軍軍人だと教えて以来、彼らは真面目に守っている。

 それでも褒められて彼らの顔は笑みが、無垢な瞳に喜びがこぼれている。

 その顔が余計に臼淵を苦しめていた。




「なかなかサマになってるな」


 艦橋から子供達が集合する様を見て森下艦長が微笑む。

 上から見ても素晴らしい整列であり、正規の水兵にも劣らない見事な整列だった 。


「将来、海軍に入ってきてくれるかもしれないな」

「おやおや賛成するのか。初めはこの大和に子供を乗せることに反対してたんじゃないのか。チョロチョロ動き回って艦の運営を阻害すると」

「あー悪かったよ。俺が間違っていた。彼らは優秀だ」

「女子もいるぞ」

「訂正する、彼ら、彼女らだ」


 隣にいた参謀長の有賀が同じように子供達を見て微笑みながらも、森下をからかう。


「彼ら、彼女らは、非常に優秀だ。帝国の未来は明るい。だが今こうなったのも俺たちの責任だ」

「……そうだな」


 しかし二人の顔も声も何処か暗い。

 彼らは二人が言うとおり本来大和に乗ることはないからだ。

 去年、特別少年兵制度が開始され一六歳から志願が可能になったが、大和の甲板を駆けているのは10代前半の少年、それに女性は未だに海軍には入隊を許可されいない、少女など、本来いるはずがなかった。

 だが今の大和に少年少女がいた。

 そもそも第三一分隊は存在しない。大和の艦内編成では分隊は二二までしかない。

 臼淵大尉も本来は第三分隊前部副砲の分隊長だったが臨時に第三一分隊の分隊長も兼任することになった。

 少年少女たちを乗せ臨時に第三一分隊ができることになったのは、戦争が逼迫沖縄が戦場になりつつあるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る