沖縄の守備兵力増強と疎開
島民一人は、本当に米軍が来るのか疑問を浮かべて尋ねた。
去年、米機動部隊の空襲を受けたがフィリピンと硫黄島の防衛に成功し、失敗したがマリアナへも攻撃を仕掛けた。
沖縄が戦場になるとは、空襲は受けても地上戦になるとは島民には思えなかった。
あるとしても先だろうと思っていた。
「いや、必ずあります。沖縄を占領しなければ米軍は進みません。硫黄島を先に取るかもしれませんが、いつ来てもおかしくありません」
横にいた八原は断言した。
最年少で陸軍大学に入学しアメリカへの留学経験、それもアメリカ軍の要塞で連隊付将校として勤務し、歩兵学校も見学。とくにアメリカの予備士官育成課程を見学して一般大学生を優秀な将校に仕立て上げるカリキュラム、圧倒的な火力を使おうとする戦術に度肝を抜かれた。
そこから生まれるであろう膨大な戦力を八原は正確に計算し、米軍襲来を恐れた。
それでも、勝つための作戦を考える明晰な頭脳は、これまでの米軍の作戦行動から必ず沖縄に来ると理解していた。
「ですが、沢山の部隊が来ているのですから大丈夫でしょう」
島民の言葉は沖縄県民の心情そのままだった。
第九師団、第二四師団、第六二師団、更に近日になって到着しつつある第八四師団。
その他独立旅団と、砲兵部隊が沖縄本島に配備されており、洞窟陣地に籠もっている。
第一次マリアナの敗北により守備を強めることになった第三二軍の増強は目を見張るものであり、開戦前、連隊さえ配置されなかった事を考えれば沖縄の増強は凄まじい。
フィリピン戦が始まったとき、装備優秀な師団をレイテへの増援として供出せよ、との命令を第三二軍は受け、一時は防備体制に危機が訪れた。
だが、幸いフィリピン海海戦とレイテでの勝利により中止となり、既存の計画通り、三個師団で迎撃出来る。
しかも今月に入って姫路の第八四師団が新たに増援された。
派遣直前に人事異動が行われ、師団には血気盛んな将校が多く、優良な装備も持っているため、活躍が大いに期待出来、第三二軍司令部でも頼りにしていた。
これだけ部隊が終結すれば米軍に十分対抗出来ると軍民共に信じていた。
「いけません。戦場になったら大変です。疎開してください」
横にいた島田が島民に言う。
狭い沖縄が戦場になれば県民が戦火にさらされ命を落とす。
だから日頃から懸命に一人一人会って疎開を頼んでいた。
しかし、陸軍の大部隊、戦前は連隊さえ置いていなかった沖縄に四個師団からなる一個軍がやってきたのだ。
沖縄は大丈夫と思い、疎開しない人が多かった。
不慣れな本土は勿論、マラリアが多いヤンバル、本島北部への県内疎開行さえ嫌がっていた。
「しかし、対馬丸の事もあるからなあ」
前年、疎開のために動いていた対馬丸が撃沈された事は報道されていた。
疎開船を撃沈されたという不名誉を出したくない軍と疎開を嫌がる人が増える事を懸念した県の上層部によって報道管制も検討された。
だが、親族達が子供の葬式さえ出来ないのは忍びないと島田知事が報道を許したため一同は知っていた。
お陰で家族達は葬式を上げ踏ん切りは付いたが、この事件のため、疎開を躊躇う人が多かった。
牛島も対馬丸と聞いて、手が震えた。
報告を聞いた当日、何時もの笑みを浮かべることが出来なくり手が震えていたのを長参謀長は見ている。
この時も、手が震え始めており、話題を変えようと長が島民に話しかけた。
「大丈夫です。今は海軍さんが運んでくれるから。先日も入港したでしょう」
「そういえばそうだったな」
先日、那覇に入港した大きな戦艦のことを、あまりの巨大さにたまげたことを思い出した。
「あんなに大きな船なら、無事に本土に行けそうだ」
「あれだけ大きな船は天皇陛下が皇太子時代に来て貰った鹿島、香取以来じゃないか」
太平洋戦争が始まり、連合艦隊の一部が入港する事が多くなった。
だが、多くは軍事機密のため、口に出すことは避けられていた。
しかし、疎開のために大型艦が入った事で気が緩み始めていた。
「でも、あんだけの艦があるなら沖縄を守り切ってくれるハズだ」
「そうそう、米軍が沖縄に上陸する前に海で沈めてくれる」
人々は先日見た大きな船を思い出し、口々に大丈夫だと、沖縄を離れたくない一心で、自分に言い聞かせる。
実際は違うのだと島田は言いたかったが、とても口には出来なかった。
いや、疎開船が無事に本土に到着出来るかも怪しい。
昨今の状況では海軍、連合艦隊の船でさえ無事に本土に行けるか怪しいのだ。
「……皆さん、大丈夫かな」
島田は先日、出港したばかりの船が無事に本土に到着する事を祈った。
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