トルーマンの腹積もり
レンドリースにおける物資の分配はステティニアスが決めていたが、実行するかどうかはグルーの領分だった。
かつてはルーズベルトが持つ権限だったが、就任直後、引き継ぎに多忙を極めるトルーマンは自身の負担軽減のためレンドリースの権限をグルーに委任した。
だが、グルーはこれ幸いとばかりにすぐさまソ連へのレンドリースを止めた。
「ヨーロッパ戦線が終結した以上、不要でしょう」
「だが、対日戦に参戦して貰わなければ」
スターリンの怒りは激しく、対日参戦取り消しさえちらつかせてトルーマンを脅し、グルーに再開させるよう迫った。
だが対日参戦させたいトルーマンはグルーに再開を指示したが首を縦に振らなかった。
「ソ連がアジアに介入すれば東欧の二の舞です。ソ連の勢力圏を中国大陸へ広げるだけです
」
「米軍の損害をこれ以上は許容出来ない。日本を追い詰めるための更なる兵力としてソ連軍が必要だ」
「日本との戦争を終わらせれば、済むことです。天皇制の存続を日本に確約してください。それで戦争は終わり、ソ連を介入させる必要性もなくなります」
「ダメだ、無条件降伏が国民との約束だ。天皇制の存続についても現在は政府として言及出来ない。戦争が継続するならばソ連にレンドリースを行い支援しなければならん。宣戦させるためにもやり給え」
「ですが」
「下がり給え、レンドリースは再開だ。これは大統領命令だ」
「……はい」
「それと天皇制の声明案はポツダム会談以降とする」
「大統領」
「重大な事案だ。連合国の政府間で調整する必要がある」
「ですが、そのような必要はないかと」
チャーチルもスターリンも政治家で現実主義者だ。
日本が降伏するというのなら、聞き入れるだろう。
いや、スターリンの場合は、対日参戦の口実と、中国大陸進出の時間が欲しいからむしろ拒絶するように言ってくる可能性も高い。
「今すぐ声明を。せめて沖縄侵攻作戦の前に。いや作戦の延期を」
「ダメだ。声明はポツダム会談以降、作戦は予定通り、会談前に実行する。以上が私の決定だ」
「果たして上手くいくでしょうか」
グルーにはトルーマンの魂胆が見えた。
会談中に沖縄を陥落させ、そのインパクトで外交デビューを果たしスターリンとチャーチルに立ち向かおうと考えている。
確かに有効だが、老練なスターリンとチャーチルに立ち向かえるか、不透明だ。
内心はともかく、軽くいなされるのがオチだ。
「それに必ずしも沖縄が陥落するとは思いません」
それ以前に、沖縄が陥落するとはグルーには思えない。このところ米軍は太平洋で失敗ばかりだ。
フィリピンを落とせず、硫黄島を落とせなかった。
マリアナは防衛できたが、沖縄を陥落させる事が出来るのだろうか。
出来たとしても、恐ろしい損害になるだろう、とグルーは思う。
「やはり、沖縄攻略は延期すべきでしょう」
「日本を降伏させるには沖縄を陥落させる必要がある。絶対に行わせる」
「しかし」
「これは大統領命令だ」
「はい……」
グルーはうなだれて引き下がるしかなかった。
こうして、連合国は国体護持を明言せず、沖縄攻略作戦――アイスバーグ作戦は実施される事となった。
せめて国体護持を明言すれば日本は速やかに講和、たとえ降伏であっても受け入れただろうとグルーは後々まで語っていた。
「グルーもダメそうだ」
現国務長官のステティニアスは共産主義に甘すぎるとトルーマンは考えており、辞任させる事を考えていた。
後任の人事を考えなければならないが、グルーでは日本に肩入れが過ぎる。
「やはり、バーンズがいいな」
上院議員時代の友人であり戦時動員局長を務めているバーンズが外交で助力してくれるのは、老練なチャーチルとスターリンを相手にするには、心強い味方となると思った。
そのため、トルーマンはステティニアスを辞任させ初代国連大使に任命、後任にバーンズを据える事にした。
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