夜戦瑞雲
見張りの報告に緊張が高まる。
米海軍は特殊な雷撃機を使い夜間雷撃の訓練を行っているという話だ。
だが味方の援護かもしれない。
僅かだが、夜間雷撃の艦載機部隊はいるし、航空機を飛ばす事も出来る。
敵か味方か分からず、大和の第二艦橋に緊張が走る。
だが、航空機は東の方角に去ると吊光弾を投下、敵艦を浮き上がらせる。
「上空の機体を確認! 瑞雲です!」
スリムなシルエットに主翼から下がる二つのフロート。
第二戦隊の伊勢日向、さらに最上から発艦した瑞雲による支援だった。
彼らは見事に敵艦の背後に吊光弾を落とし、攻撃しようとしている敵艦の位置を第二艦隊に示した。
「敵艦発見!」
吊光弾の下に浮かぶ敵艦のシルエットを見た見張りが興奮気味に報告する。
味方の撤退援護を行うために控えていた米軍の後衛が、今まさに襲撃を加えようとして隊列を整えている所だった。
最初に突入した戦艦部隊と、突入に成功したものの返り討ちにあって撃破された味方の撤退の為に彼らは日本艦隊に打撃を与えようとしていた。
幸い、勝利の興奮と闇夜の中にいたため日本艦隊は米後衛部隊に気がついていなかった。
だが瑞雲の吊光弾によってご破算となった。
明確に見える敵艦を見て、この好機を伊藤達は逃さなかった。
「砲撃開始!」
「撃ち方始め!」
「撃て!」
「主砲発射っ!」
伊藤の号令で、森下が命じ、砲術長が叫び、砲手が引き金を引く。
大和の四六サンチ砲が再び火を噴いて闇夜を払い、砲弾を敵艦に向かって放つ。
レーダーに一日の長がある米艦隊だが、吊光弾で発見されては、無意味だ。
長年の猛訓練と実戦で、ソロモンの死闘を繰り広げ、練度を高めた日本艦隊が砲撃戦では優位だ。
発見した艦に向かって大和以下戦艦の砲撃で、残存する米夜襲部隊は猛打撃を受けた。
さらにようやく集結した重巡戦隊も突入し、米軍にトドメを刺していく。
再度の混戦を恐れ、距離は開いたままだが、米艦艇に対して追い打ちをかける。
次々と砲撃、次いで雷撃を受け、米軍は大損害を受け、勝機は無いと判断した米軍指揮官は撤退を命じ、損傷艦を引き連れ、逃げ帰っていった。
「米艦隊撤退します」
「長官、追撃しますか?」
「いや、ダメだ」
追撃による戦果拡張が戦闘の基本だが、今は船団の護衛が最優先の任務だ。
船団を本土まで護衛する為の戦力を伊藤達は保持する必要がある。
深追いして反撃を食らったり、弾薬を消耗したりして護衛不能、いや弾が尽きて護衛対象が増えることの方が怖い。
それに米軍の夜戦が一回だけとは限らない。
本土に帰るまでの間に襲撃がないと言い切れない。
鈍足の輸送船団を引き連れて帰るのだから、追いつかれて戦闘になる可能性は高い。
今回の夜戦で米軍に痛打を与えたはずだが、闘志溢れる指揮官なら、残存艦を使い、攻撃に出てくるはず。
弾薬は温存しなければならない。
それに空襲で燃料をかなり消費した。
今回の夜戦でも、各艦の燃料は底を尽きかけているはず。
燃料切れで漂流しかねず、追撃は悪手だ。
それに夜が明ければ再び空襲が始まる可能性が高い。
回避行動するためにも燃料は温存しなければ。
「夜戦中止を命令。各艦は警戒線の警戒にあたれ。警戒線の再構築と燃料が少ない艦は後方に下がらせろ。補給の準備。以上を各艦へ指示せよ」
「了解」
伊藤の命令は妥当であり直ちに実行された。
部隊を再編成し、警戒線に艦を配置して米軍の再攻撃に備えた。
第二艦隊は一晩中警戒を続けたが、米艦隊が再び攻撃に出てくることは、なかった。
やがて夜が明けたが、伊藤の目に映ったのは、損傷し所々壊れた指揮下の艦艇だった。
武蔵は、やはり損傷が大きい。
注排水区画へ注水したお陰で傾斜は大分回復していたが、吃水が沈み込んでいる。
だがまだマシだ。
敵戦艦と打ち合った第三戦隊など全艦が被弾し上部構造物が酷い。
特に比叡など廃墟も同然。霧島も大分被害を受けている。
これ以上は戦えそうにない。
他の艦艇も大分被害を受けている。
事実上、第二艦隊は壊滅したと言っても過言ではなかった。
「損傷艦には直ちに退避するように命令」
「はっ」
それでも伊藤は彼らを何とか日本に帰そうと打てるだけの手を打つことにした。
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