伊集院戦死

 金剛へ向けて攻撃したのは二番艦ミズーリだった。

 ニュージャージーの被弾、通信途絶から指揮不能と判断、取り舵を命じ、同航戦を挑んできた。

 一分間に二発の発砲速度で金剛を撃ち抜こうとする。


「負けるな! 撃ち返せ!」


 伊集院の命令に応じて金剛は手近な敵艦を照射し、砲撃する。

 だが、相手は金剛級を圧倒するために建造されたアイオワ級。

 速力は金剛より三ノット優速の三三ノット。

 主砲は金剛の三六サンチを上回る四一サンチクラスの一六インチ砲を三連装三基合計九門。

 金剛型は連装四基で八門。

 全ての点において金剛型が劣っていた。

 ニュージャージーを仕留められたのは、先制攻撃出来たのと第三戦隊全艦で砲撃したからに過ぎない。

 体制を立て直し互角の状況に持ち込まれたら、アイオワ型相手に金剛型では不利だ。

 それでも、ソロモンで鬼神の如く戦い抜いた金剛型は怯まず砲撃を続ける。

 唐突な砲戦や至近距離での砲戦など、ソロモンで嫌というほど経験しておりむしろ望むところだ。

 すぐにアメリカ艦が反撃してくるが、伊集院達は踏みとどまり、打ち返す。

 しかし、徐々に劣勢になる。

 特に先頭を走る金剛と二番艦比叡に射撃が集中した。

 比叡は、大和型のテストヘッドとして艦橋部が塔型に改装され、大和型に似ている。

 夜戦のため、艦の識別が満足に出来ず、米艦隊側に大和型と判断され真っ先に潰すべき目標と判断され比叡に攻撃が集中した。

 金剛は先頭を走っていた上、探照灯射撃をしていたため、標的にされた。

 そのうちの一発が昼戦艦橋に被弾し炸裂。艦橋を破壊した。

 破片の一部が夜戦艦橋に降り注ぎ、内部へ貫通。死傷者が出た。


「うおっ」

「司令官!」


 すぐに生き残った水兵が悲鳴を上げた伊集院の元へ駆けつけるが声を失った。

 腹部に破片が食い込み、血が流れていた。


「大丈夫か……?」


 伊集院の問いかけに答えることが出来なかった。


「見張りの奴は……大丈夫か? 今日の殊勲だ……帰ったら……金鵄勲章を推薦してやらんと」

「……はい。大丈夫です」


 既に彼は破片を受けて身体を切断され絶命しているのが見えていた。

 さすがに伊集院に伝える事は出来なかった。


「そうか……叙勲後の宴会が……楽しみだ……俺の屋敷で……皆で騒ぐぞ……実昭は渋い顔をするかもしれないが」


 五十になる伊集院だが、子供のような笑みを浮かべて楽しそうに娘婿であり、去年結婚の認許が降りた跡継ぎの名前を呟いた。

 不幸にも跡継ぎに恵まれず、婿養子を取ることになったが、許しを得た後は、男爵家当主という重圧から解放されたためか、心底嬉しそうにしており、より人格が朗らかになった。

 戦況が悪化する中、第三戦隊の乗員達にはそれが励みになった。


「皆……元気に一緒に……やるぞ……」


 それが最後の言葉になった。

 再び爆発音が響き、伊集院の声をかき消した。

 第一砲塔に命中弾。砲塔が破壊された。

 幸い注水されて誘爆は防いだが、発砲不能になる。

 他の艦も、多かれ少なかれ、被弾している。

 特に比叡と霧島の状況が酷い。

 浸水が発生し、速力低下。射撃不能となる砲塔も多数あった。

 最初の急斉射で、砲塔の動力源である水圧が低下したため、揚弾装置の弾を引き上げる力が低下し、各艦の発砲速度が落ちていた。

 米軍側は射撃を開始したばかりであり、発砲速度が低下せず、砲撃を継続し砲火を浴びせ続ける。

 至近距離もあって、金剛型各艦に命中弾が多数発生。

 損害が積み重なり第三戦隊の戦力は急速に低下。

 全艦が燃え始め、全滅に近づいていた。

 だが、優勢であった米軍の隊列、最後尾のイリノイが突如砲撃を受けて吹き飛んだ。

 文字通りの爆沈で、巨大な炎を上げた直後、船体が二つに割れて沈んだ。


「何が起きた」


 突然の事に米側の戦艦達は愕然とした。

 金剛型の主砲でアイオワ型の装甲を撃ち抜けるとは思わなかった。金剛型を葬り去るためにあらゆる点で上回るよう設計されたアイオワ型であり、一発で沈められるとは思わない。

 何が起きたのか、全く分からなかった。

 その答えは、後方を見ていた第三戦隊の見張りが歓声と共に報告した。


「第一戦隊接近! 武蔵と大和です!」

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