作戦中止出来ず

「直ちに防備計画の策定と、各地の航空機及び船舶の集結情報を確認。敵の奇襲……緊急事態が発生したとき部隊を退避、その後、反撃出来るようにしろ」


 いち早く事の重大さに気がついた参謀長は責任感から参謀達に命じた。


「しかし、大半の機材はマリアナ奪回のために派遣しており、関東地方の機材も補充用として使っています。反撃に出られる航空部隊は殆どありません」

「……奇襲を受けた時には航空機だけでも退避できるようにしろ。それと、敵機動部隊が何処で動いているか情報を集めるんだ。急げ」

「はいっ」


 参謀長の命令で、参加していた全員が予想される空襲への対応へ動いた。

 敵の攻撃が差し迫っている可能性を、それが最悪の結果を招く、それも自分たちの担当部署である横須賀鎮守府の管轄内で、と知らされては、動かずにはいられない。

 予想される被害を少しでも少なくするため、彼らは必死に動き出した。


「あーあ、こりゃ酷え」


 演習を見ていた塚原長官が、他人事のように呆れた声を出す。

 そして、世間話をする様に佐久田に話しかけた。


「こうなることは予測していたか?」

「いいえ、昨日の夜、思いつきました」


 佐久田の言ったことは嘘ではない。ブレイントラストで話しているとき思いついた。

 終戦工作に関わっている事は極秘なので話せない。思いついた場所をぼかしながらこのまま通す。


「ここまで酷いことになるとは想定していませんでした」

「作戦の原案はお前が書いたと聞いているが」


 溜息を吐く佐久田に鎮守府長官は言った。


「ええ、ですが、マリアナは短期間で奪回できるという想定で行いました。ここまで長期になるとは予測していません」


 そもそも、このマリアナ奪回作戦が成功する見込みがなかった。

 だが、それでも行わなければならなかった。

 日本の本土が空襲され南方資源地帯とのシーレーンが攻撃されないよう、マリアナを拠点に防衛するしかない。

 だから奪回の好機、米軍が補給拠点であるハワイとウォッゼが壊滅し来援に行きづらい状況を作ったのは確かだ。

 今以外、準備に時間をかければかけるほど、米軍は戦力を回復させマリアナ奪回は遠のく。

 いや、戦争の勝算もなくなる。

 今出なければ日本は敗北する。

 しかし、日本の国力ではもはやマリアナ奪回など不可能だ。

 マリアナ奪回に失敗した今、日本は敗北する。


「で? このことを豊田長官は知っているか?」

「いいえ、予測はしていないでしょう」


 マリアナ奪回の最中に米軍の来援は想定している。しかし本土空襲を行うなど、予想外であり、想定していない。作戦の原案を作った本人さえ、昨夜気がついたばかりなのだ。気がついている人間はいるだろうが、具体的な対処を行っている兆候が見られない以上、予測していないと考えるべきだ。


「ならば、急いで日吉に行って話してこい。事は一刻を争う」

「はい」


 長官の命令で佐久田も、状況確認と作戦の中止を勧告するため、少しでも損害を少なくするために日吉の連合艦隊司令部へ向かった。




「馬鹿げた事を言うな」


 豊田長官の前に通された佐久田は罵声を浴びた。


「サイパン島の七割を制圧し、間もなく占領できるマリアナから退けというのか。この作戦を無意味にするのか」

「硫黄島では我が軍は二ヶ月、何の援護も無く独力で守備に成功しました。米軍が出来ない理由は何でしょうか」

「我が軍の将兵ならば孤立しても戦える。だが、軟弱な米兵に戦い抜けるはずがない」

「しかし、上陸後、米軍は一週間も持ちこたえています。今すぐ、我が軍が制圧できる可能性は低いでしょう。そして米軍機動部隊の居場所も分かりません」

「連中は米本土まで後退しただろう。やってこれるはずがない」

「それは希望的観測というのもでは。補給船団を使えば、日本本土までやってこられます」

「貴様のは杞憂だ。ありもしない空襲に怯え、作戦を中止するなど言語道断だ」

「では、この演習も杞憂だと」


 先ほど横須賀で行った演習結果の纏めを渡して尋ねる。


「そうだ。あり得ない。起きていないことではないか。起きていないしハワイとウォッゼを叩かれた米軍に出来るハズがない」

「危機を予測し対策を準備しておくのが軍人では」

「これで終わりだ。横須賀鎮守府は艦隊への補給と攻略部隊の支援に専念せよ」

「ですが」

「下がれ!」


 豊田の前に佐久田は従うしか無かった。


「いや、まだ軍令部がある」


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