演習の影響

 高木は冷静に自分の分析を北山に伝えた。


「作戦は、現在膠着しています。今の演習を見る限り、いや現実でも奪回できる機会は失われました。陥落しても保持する事は最早出来ないでしょう」


 そもそもの話、マリアナの保持さえ、絶対国防圏の領域さえ守るには今の日本には広すぎる。

 マリアナの守備もそうだが、本土東方海域の警戒さえ不十分だ。

 硫黄島に先立つ機動部隊による本土空襲も、三年前のドゥーリトルによる初空襲も東側から行われ許してしまった。

 国力の限界を超えて戦争をしている。

 今の演習がそれを証明した。

 いつか負けると考えるべきだ。

 演習結果という証拠を見せつけられた北山もそれ以上は言わなかった。


「直ちに、善後策と戦争終結への道筋を探りましょう。手遅れかもしれませんが」


 交渉は対等に並べるだけの 力があってこそ行える。

 日本の戦力である第一機動艦隊が壊滅し、マリアナ奪回に失敗した状況では、いずれそうなったらアメリカ側と対等な講和など不可能だ。


「できる限り道筋を見つけたい」

「そうしましょう」


 高木の意見に北山は同意した。

 打てる手を考える事は、何が起こるか考える事は海軍将校に必要な事だ。

 陸上勤務とはいえ現役の海軍士官の高木も、主計とはいえ元海軍士官である北山も理解していた。

 そして、戦争を終結させなければ、日本は滅びることを誰よりも知っており、今の演習で明らかになった。

 その最悪の事態を回避するべく手を打とうと演習結果と過程を調べ、糸口を見つけ出そうと努力していた。


「そのような時間が残されていると良いのだが」




 B29の空襲で多少の混乱はあったが、省線――国鉄の前身はほぼ定刻通り動いていた。

 帝都の空襲で大打撃を受けていても、可能な限り復旧しダイヤの乱れを最小限に抑えていた。

 軍需物資の生産と輸送および部隊輸送に必要な事を軍部が理解していた事もあるが、鉄道を動かそうという鉄道関係者の意地とプライドが突き動かしていた。

 奪回作戦によりB29の空襲がない事もありこの時期の復旧は、順調。

 佐久田は無事に横須賀に戻ることが出来た。

 横須賀鎮守府に戻った佐久田はすぐに参謀を召集して図上演習を開始するよう上司である参謀長に要請した。

 マリアナ奪回作戦の最中であり、硫黄島に送る増援や帰ってきた航空隊の補充、戻ってくるであろう艦隊への補給準備で忙しく、手が回らないといって参謀長は、はじめ拒否した。

だが


「佐久田の言うことだ。何か考えがあるんだろう。好きにやらせろ。協力してやれ」


 と鎮守府司令長官である塚原二四三大将からお墨付きをもらい、準備が進められた。

 他の参謀や鎮守府付は渋々ながらも準備を進め午後には佐久田を米軍指揮官とする図上演習を開始した。

 演習は熱海で行った兵棋演習と同じ過程をなぞった。

 佐久田にとって二度目の演習だからと言う理由もあるが、使っている数値が同じなのだから同じ結果になるのは当然だった。

 そして二時間後に、マリアナ奪回作戦失敗の時点で参加者全員、負けた日本側は勿論、米軍側の参謀役も、全体を見ていた審判部の要員、つまり佐久田以外の全員を、お通夜状態にした。

 一部の幕僚は、既に膠着状態のため、作戦開始前の予測より燃料や機材の損耗が激しく、間もなく作戦継続は不可能になると予測していた者もおり、やっぱり、という感情を抱いていた。

 しかし、それでもここまで悲惨な敗北となると話は別であり、改めて敗北を突きつけられると予測が当たっただけに無力感を抱く。

 佐久田としては日本降伏まで演習を行いたかった。

 だが、流石に時間が無いため、目の前の危険性を急ぎ知らせるためにマリアナ奪回作戦失敗の時点で打ち切りにした。

 佐久田の目論見は当たり、現状の危険性と米軍による反撃の可能性を演習参加者全員が理解した。

 関東地方は横須賀鎮守府の守備範囲であり、自分たちが攻撃を受ける可能性が高いことを知らされ、危機感が大きくなった。

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