今後の対応
「なんてことだ」
兵棋演習から図上演習に発展したシミュレーションの結果、日本の完全敗北、無条件降伏を見て北山は愕然とした。
開戦前に総力戦研究所が図上演習を行い対米戦で日本が敗北することを報告していた。
その結果も聞いている。
だが、その結果は、開戦二年以内の日本の敗北だった。
現在戦争は三年目に突入しており、日本は敗北していない。
着実に長期戦による劣勢は出てきているが、図上演習は甘かったのではないかと北山は考えていた。
しかし、今の演習を見て、何故日本が勝てていたのかが良く分かった。
佐久田の指揮で、前線が、アメリカ軍の弱点を適切に突き、侵攻を遅らせてきたのだ。アメリカ側も適切な攻撃を仕掛けていないだけだ。
もし佐久田がいなくなれば、アメリカが適切な攻撃を行えば、日本は負ける。
日本軍を良く知る佐久田が米軍側を指揮した面も大きいが、米軍の膨大な戦力とそれを生み出す国力の差、無資源国である日本の脆弱さが一際目立った。
いや、米国が異常なのだ。
英国は海洋国家として過去二百年以上、資源の多くを海外からの輸入に頼っている。
この戦争と先の大戦で通商破壊により大きな打撃を受けている。英国の例を見る限り、全ての資源が自力で揃う超大国アメリカ以外、どの国でも起こりうる事態だ。
そして今、日本が戦争をしている相手は、アメリカだった。
「直ちに分析を開始する。問題は無いか、日本に勝ち目があるか、戦争終結のきっかけはどこか探るんだ」
高木の命令ですぐにブレイントラストのメンバーが動き始め議論を行う。
「作戦展開は見事だが各段階での米軍の損害が大きく、アメリカ国内世論が戦争中止へ向かわないか?」
「いや、報道管制を行い小出しに損害を伝えれば、世論は軽く受け止める。これは今まで通りだ」
「兵士の家族が戦死報告を聞いて不審がるのでは? 彼らは有権者だ、選挙に影響が」
「だが、定量化する方法がない。不確実な推測を採用するべきではない」
「戦死者と平均世帯人数から割り出せないか」
「あまりにもばらつきが大きく信頼できない。不確かな方法に頼るべきではない」
「そもそも米軍の戦力増強が多すぎる。正しいのか」
「いや、現状でも少ないくらいだ。それにドイツとの戦いが終われば、その兵力が太平洋戦線に向かってくる」
「これだけの劣勢になればソ連の参戦もあり得るのではないか?」
「日ソ中立条約があるだろう」
「ソ連が、スターリンがまともに守るとは思えない。此方の兵力が少なくなれば好機とみて攻めてくるぞ」
「関東軍の南方への転戦は続いているが、満州国軍の動員とソ連との国境要塞建設は進んでいる。ソ連が参戦してもある程度保つだろう。無理してソ連が参戦するとは思えない」
「いや、本土決戦のために物資や部隊を満州から移動させる準備も進んでいる。それにソ連が好機を逃すとは思えない」
全員が大学教授や各方面の専門家だけに持っている知識は豊富で、間違いは無く、一つの意見を他方面から分析する。
それだけに演習の結果は正しく、分析は示唆に富んでいた。
「高木少将、北山さん、そろそろ始発の時間です。私は横須賀に帰り、対策を立てます」
演習を終えた佐久田が現れた。
出来れば共に結果を彼らと共に分析したかったが、佐久田は海軍軍人だ。
一刻も早く鎮守府に戻り目の前で起きようとしているマリアナでの敗北を防がなければ。
その第一歩となる関東空襲への対策を練らなければならない。
恐らく米軍は日本本土近海に接近してきている。
索敵を強化するだけでも敵を発見できる、いや部隊の退避を行うだけでも違うはずだ。
そして、佐久田は関東地方を担当する横須賀鎮守府の参謀。
出来る事はあるはずだ。
「よろしくお願いします」
「ご苦労」
北山と高木に送られて佐久田はあとにした。
今度は高木も引き留めなかった。
必要な情報は集まったし、あとの分析はブレイントラストのメンバーで十分。
それに佐久田にはマリアナ奪回作戦の善後策を立てて貰う必要がある。
その後の事は、自分たちが、戦争終結への道筋を立てるために得られたデータを調べ分析するのだ。
「他の作戦が取れないか考えるぞ。幾つか作戦案を考え兵棋演習で確認。調べるんだ。とりあえず、マリアナ奪回作戦が大損害を受けた場合、少ない損害で切り抜けられた場合に分けて考えるんだ」
「作戦が成功するとは思わないのですか」
高木の研究方針に北山は異議を唱えたが、高木は冷静に返した。
「作戦成功の見込みはないでしょう」
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