演習継続
「これは、凄まじい」
審判部で演習を、日米両軍の動きを全て見ていた北山は驚きを禁じ得なかった。
勿論、机上のことであり、現実ではない。
しかし、使われているのは全て現実の数字であり、これまでの戦いからもたらされた数値であり、今の兵力配置だ。
起きうる未来予測として十分すぎる。
「凄まじい事になりましたね。直ちに対策を」
「いえ、続けます。双方に演習継続を続けるように伝えるんだ」
「何故です」
高木の決定に北山が疑念をもち尋ねた。
「今行われているマリアナ奪回作戦が危険だという事は分かりました。しかし、我々は戦争終結のため、その後の事を考えなければなりません。この後どうなるか知らなければ、戦争終結までの間に何が起きるか、知らなければ目的を達成できません」
海軍軍人は目先が利く、と言われている。
これは巨大な艦船を動かすには周到な用意が必要だからだ。
出港する前に、航行出来る航路か、暗礁はないか、停泊先に艦隊が入港できるか、燃料の補給は、乗員の食料は調達できるか、天候は大丈夫か。
軍艦は大和型一隻で一億円以上する高価な物だ。
動かすために、年間で建造費の一割の予算が必要だ。
戦時となれば更に数倍の予算が必要になる。
これほど高価で維持費がかかる軍艦を運用するには、戦いの前に事故で失ってはならないし、損傷させるのもダメだ。
艦内の乗員の事も考える必要があるし動かすための油もいる。
戦闘は勿論、その前の航路や寄港地など、先々を予測して対策を立てる、安全と補給を確保する必要がある。
「先を見通す事が、戦争終結の鍵になります」
高木は先を知っておくべきだと考えた。だからこそ、マリアナの先を知っておきたい。
多分、制圧に手間取っているので作戦は失敗するだろう。
だが、その後、何が起きるのか知っておくべきだと高木は考えた。
いや、失敗すると分かったからこそ、失敗した後の事を知っておくべきなのだ。
「佐久田参謀より、早急に鎮守府に帰り、対策を練りたいと言っているのですが」
「ダメだ。続けさせろ」
電話を取り次いだ伝令役のメンバーに高木は言った。
「始発まで時間はある。それよりマリアナの後の戦いを知りたい。先の事を考えなければ作戦は出来ない。今戻ったところで出来る事など何もない。演習を継続するよう伝えろ」
「了解」
高木の意見に佐久田も納得、いや自身も見ておきたいと考え、演習の継続を要請する有様だ。
一方日本側の指揮官は心が折れていた。
虎の子である第一機動艦隊が壊滅し、作戦目的であったマリアナ奪回に失敗したのだから無理もない。
だが、高木は叱咤して演習を続けさせた。
勿論、この後の展開が拷問以上の展開となる事を高木も確信している。
「いずれ起きる現実だ。今のうちに見ておく、そうでもしなければ耐えられない」
高木も、演習の結果で動揺している。
今こそ陸で仕事をしているが海軍軍人であり、軍艦が、海軍が大損害を受けることに、演習上とはいえショックを受けている。
ミッドウェーの時も軍令部にいたため初めて聞いたとき酷くショックだったが、今回はそれ以上だ。
机上だが、正確な数値を元にしているため、あり得ない結果、数字ではない。
現実に起こりうる事だ。
そして、高木は、その上で、大損害が発生した状況で行動しなければならない。
ここにいるブレイントラストのメンバー全員も黙り込みつつも高木同様に理解し、同じようにショックを受けつつも結末を見るために、最悪の状況を見るために演習を続けた。
書き記す数字や結果は、紙の上の事だ。
だが起きうることであることは、彼らが、政府の要職に就いていたり、経験があるため、彼らが一番理解している。
そして、最悪の場合、演習で示された数字や結果を自分の職場で、政府の中枢で聞くことになることを確信していた。
それがどのようなものであるのか、漠然としたものではなく、正確な数字にするため、彼らは精神をすり減らしながら、作業を、演習の支援を続けた。
最早、兵棋演習を超え、陸海軍を超越、日本とアメリカ、世界を舞台にした図上演習となっていたが、演習は続いた。
ブレイントラストのメンバーが政府中枢にいることもあり、戦争継続のために必要な資料や数値を頭の中に彼らが収めていたこともあり、演習の継続は可能だった。
彼らの明晰な頭脳は破滅的な展開を見せつけられながらも、冷静に動き、演習を、大日本帝国の滅亡をシミュレーション上で見せた。
敗北への道をひた走っているが、その過程で日本が生き残れる可能性を見つけ出すために、彼らは演習を続ける。
「針のような糸口でも必ず見つけ出すぞ」
審判部長となった高木は、判定を下しつつ、日本が存続する可能性を探った。
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