マリアナ奪回 図上演習

 図上演習とは主に士官や指揮官に部隊行動をする上での手順や戦術行動を疑似体験、シミュレーションさせるためのものだ。

 チェスや将棋を大規模に、より現実の戦争に近づけたものだと考えて貰いたい。

 更に踏み込み、新たな戦術の模索、過去の戦いの戦訓を学ぶなども行える。

 人間の手で行うRPGといったところか。

 元々、コンピューターのRPGは人の手で行っていた図上演習やRPGをコンピューターへ移植し一人や少人数でも出来るようにしたのだ。


「何か、確認するのには手頃だがな」


 また図上演習は新たな作戦を立案したとき、作戦遂行に問題点が無いか、敵がどのような対応をするか、見定めるためにも行われる。


「だが図上演習となるとかなりの人員と時間が必要だ」


 この当時は、コンピューターもスマホもないため、行動の成否判定の為、決断および結果の伝達に何人もの人員が必要だった。

 どちらかが行動を起こしたことを伝え、審判部が成功したか否かを判定するためサイコロを使い、ルールブックに従って裁定し結果を伝える。

 将棋のように対面して戦わせず、伝令を使うのは、互いの作戦を見せないためだ。

 また、戦場の霧、不確かさを再現するためだ。

 索敵の結果、相手を過大あるいは過小に戦力を見積もることがままあるからだ。

 場合によって味方でも遠方に派遣されている想定だと部隊司令部毎に隔離して命令伝達の不確かさ、情報共有の難しさを疑似体験させる。

 以上の理由で大規模、長期間、厳密さを想定すると、図上演習の時間は長くなる傾向にあり、一刻を争う今の状況には向かない。

 高木の懸念を見抜いた佐久田は言った。


「図上演習までの必要はありません。兵棋演習で十分です」


 兵棋演習は図上演習を簡略化したもので正確性に欠けるが、手軽に行えるため、前線や洋上勤務中の合間に行う事が出来る。

 そのため盛んに推奨されていた。


「で、君が日本軍か?」

「いえ米軍をやります。高木さんには審判部をお願いします。誰かマリアナ奪回作戦の内容を知っている人間を日本側の指揮官にしてください」

「わかった」


 佐久田の指示に従い、高木は早速準備した。

 最新の情報を元に、兵力配置とルールを準備する。

 一部、軍事機密が入っていたが、高木が厳重な箝口令を敷き、洩れるのを防いだ。


「まったく、苦労させられる」


 審判部として用意をする高木は苦言を呈するが、どこか嬉しそうだ。

 佐久田の手をこの目で見られるのが嬉しそうだ。

 ブレイントラストの他のメンバーも協力した。

 彼らの中には総力戦研究所で図上演習を経験した人間もいたため、やり方には慣れていた。

 急遽、日本側指揮官を務めることになった、たまたま参加していた海軍将校は驚いていたが、命令、ブレイントラストの方針とあらば従った。

 幸い、彼もマリアナ奪回作戦の計画を知っており、図上演習開始直後の作戦展開は順調に進んでいた。

 もっともマリアナ占領は遅れがちだったが。

 そのため、日本側は戦力増強として、本土で新たな部隊を乗せた船団の準備を始めていた。

 そこへ、佐久田の部隊、米軍が動き出した。

 マリアナ救援の為に、一個空母群が派遣され、攻撃を仕掛けようとしており日本側の哨戒線に引っかかり見つかった。

 米軍の反撃を想定していた日本側は予想通りの展開に、予め策定された対処方針通り、硫黄島と機動部隊により米軍の迎撃を開始した。

 しかし、それは佐久田の作った囮だった。

 残り、米軍が投入可能と思われる三個空母群を纏め、一大機動部隊を編成し、ある方面へ集中投入した。

 そこは、日本軍の本拠地、マリアナ奪回作戦の後方支援基地、日本本土だった。

 意外な場所への攻撃に審判部の高木も、見学していた北山や他のブレイントラストのメンバーも驚いた。


「本土が簡単に空襲されました。あり得るのですか」


 驚く北山だが、高木は納得した。


「現在はマリアナ奪回のために全力が向けられています」


 マリアナ奪回作戦のため、マリアナ方面に大兵力を送り込んでいたため、日本近海の索敵能力が落ち込んでいた。

 そもそも、日本の東方はがら空き状態だ。

 特設監視艇を派遣して警戒しているがマリアナ方面の作戦に回されている。

 太平洋方面へ回している数は少ない。


「敵艦隊が来襲するのは、マリアナへの来援。その前提で索敵の兵力もマリアナと硫黄島周辺に索敵機を送っています。本土の周りには少ないのです」

「索敵機を増やせないのですか」

「整備の人間が、硫黄島へ送り込む機体に掛かりきりです。索敵に回せる余裕がない」


 渡された資料を見る限り日本側に、本土周辺を濃密に索敵するための警戒網がない。

 米軍機動部隊は、佐久田の部隊は、その隙を見事に突いたのだ。

 勿論、佐久田が日本軍の状況を知っていたこともある。哨戒機の動きに合わせて、艦隊の針路や速力を変更している。

 それでも鮮やかな手口だった。

 関東地方で編成中の船団と硫黄島へ送られる予定で集結していた航空機は大打撃を受けた。

 そして、空襲を受けた日本側の基地は支援機能を失った。

 いや、既に日本側は大打撃を受けていた。

 連日のマリアナへの出撃で硫黄島の航空隊は損耗していた。

 それでも持ちこたえられたのは関東地方からの補給と支援によるものだ。

 それが、関東への空襲で不全となった。

 マリアナへの支援は急速に先細り、硫黄島からの航空支援は急速に低下した。

 同時に反攻してきた米軍に対する戦力、機動部隊と増援の陸上航空部隊を失った。

 日本にとって補充の難しい機動部隊艦載機より、補充が容易な陸上航空部隊に主軸を移していた。

 関東空襲による陸上航空部隊の使用不能は、迎撃作戦を根底から瓦解させた。

 日本側指揮官は、事の次第に愕然となり、演習終了を求めた。

 しかし高木は、佐久田の指示通り、演習続行を指示した。

 この程度で諦めてはならないし、このあと、どのような事態になるのか高木は知りたかった。

 米軍がこんなにも大規模な部隊を投入できるはずが無いと日本側指揮官は述べたが、その意見も高木は却下した。


「米軍ならば、既に準備を整えていても不思議ではない」 

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