最初の齟齬
直ちに牟田口は辻の作戦案、サイパン島制圧を待たず、他の島へ上陸する案を承認し、実行を命じた。
海軍の安田少将は反対したが、陸軍の方が階級が上であり、阻止は出来なかった。
上級司令部の反対を期待したが、陸軍への配慮から、山口は口出しせず、大本営に上げられた。
ここで、攻略部隊の組織的欠点が出た。
現地に陸海軍を統括する司令官が居らず、互いに気持ちよく話が通じる指揮官でもないため、このような変更を調整できなかった。
現地からの進言を受け、陸海軍の軍令部及び参謀本部は大本営で連絡会議を開いた。だが、陸海軍とも互いを配慮して議論は起きなかった。
作戦が順調に推移していたこともあり、多少の変更は現地部隊の意見入れてを許そうという流れが大半だった。
ただ、米軍の抵抗が予想以上に激しい事を考慮し、増援部隊の派遣を決定。
攻略部隊を上陸させた後、船を空にして本土に帰還している輸送船に増援を乗せ、送り込む事にした。
結局、数日の時間を浪費したあと、牟田口の作戦は追認される。
当然の事ながら牟田口は迅速に、昭和陸軍流独断専行を行いグアムとテニアンへ上陸。
各島に橋頭堡を作り上げた。
だが、米軍の抵抗により、進撃と制圧は遅れた。
去年の撤退以降、各島でゲリラ戦を行っていた兵士を収容、後送したのが上陸作戦、唯一の成果とされている。
そして、ここが日本軍の作戦の最高潮となった。
「兵力の分散など愚かしいな」
横須賀鎮守府の一室でマリアナ奪回作戦経過報告を聞いていた佐久田は、吐き捨てた。
迅速に島を制圧するため橋頭堡を確保した後、次の島の橋頭堡を確保する。
一見時間短縮になるかもしれない。
だが各島に投入できる兵力が分散され、各個撃破される危険がある。
サイパンとテニアンは日本の統治下にあったしグアムも占領統治下にあったので、勝手は知っているだろう。
しかし、米軍も占領して一年近く経っており、陣地の構築や持ち込んだ装備機材で激しく抵抗しているはずだ。
事実、B29の為に備蓄されていた燃料、爆弾で即席の火炎瓶や地雷を設置した米軍の抵抗は激しかった。
航空爆弾を改造したブービートラップによる大規模な爆発に巻き込まれ、一個小隊、最悪、中隊が全滅した事例が報告されていた。
「迅速にサイパン島を占領。それから順次、制圧するべきだ」
開戦劈頭のマレー作戦は勿論、上海事変にも参戦した佐久田は、作戦指導に苛立つ。
侮って兵力を分散させ、散々手痛い目を受けたのに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、の故事通り、同じ間違いを繰り返している。
更なる兵力を投入するべきだが、日本の国力ではこれ以上の投入は難しい。
「時間制限が加えられているとはいえ、無理をしすぎだ」
マリアナ近海を守る連合艦隊への燃料補給に限界がある。
洋上を航行するには一月程度が限界だと考えられていた。
それ以上は乗員の士気などが保たない。
まして、第一機動艦隊はウォッゼ空襲のあと、すぐにマリアナへの支援攻撃を行っている。
彼らの疲労が、損耗補充が追いついていない可能性が高い。
そもそも、使い回しが激しい。
一つの目標に対して一つの部隊を使うのが作戦の常道。
部隊の使い回し、連続使用は所属する兵員の疲労を高め、損害を増やす。
「他に使える兵力も無いか」
余力がないことは佐久田にも良く分かっていた。
国力の限界で今の戦力を維持するので精一杯だということを。
そして今は鎮守府の一参謀であり、作戦に口を出せる立場ではなかった。
だから、一通りの仕事を終えると佐久田は熱海に向かった。
表向きには、潜水艦乗組員用の保養施設の視察と新たな施設の獲得のための交渉という名目だったが、本当の目的はブレイントラストの会合に出席するためだ。
拠点となっている藤山一郎邸へ赴き佐久田は高木と北山に会い、マリアナで起きている事を一通り説明し、自分の意見を加えた。
「状況は刻一刻と悪化しています」
「では、作戦は失敗すると」
北山が佐久田に尋ねた。
「現時点では分かりません」
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