作戦成否の分水嶺


 佐久田は歯切れ悪く答えた。

 最新の情報が手に入らないため、断言できるだけの根拠がない。

 それでも、知る限りの情報から現状を示そうとする。


「我が軍は開始当初こそ艦砲射撃や航空機の支援もあり、優位に戦えた。しかし、今日以降は備蓄はないでしょう。米軍も防御火力は凄いですが、補給がなく、陣地を維持できるか不明です」


 米軍の防御陣地が凄いことは佐久田もソロモンの戦いで良く知っている。

 しかし、それは潤沢な火力、湯水の如く砲弾を使用しての火力、砲撃と銃撃の壁で作り上げた防御だ。

 潤沢な補給がない今、備蓄した弾薬だけで防御できるか不明だ。


「今が分水嶺、作戦の成否を分ける状況だと考えております」


 サイパン上陸から一週間、作戦の初動であるウォッゼ空襲から二週間経っている。


「そろそろ米軍が、動静不明の空母機動部隊が反撃してくるでしょう。米軍の劣勢が続いていますが、やられっぱなしでいるほど彼らはお人好しではありません」


 でなければ緒戦で降伏していたはずだし、戦争がここまで長引くことはなかった。

 必ず、米軍の反撃があると佐久田は予想、いや確信していた。


「しかし、マリアナにいる部隊は迎撃準備を整えているのでは?」

「ですが、予想以上に上陸作戦が長期化しています。弾薬や燃料を消費しており米軍を迎え撃つには危険な状況です」


 支援の砲撃で艦艇の弾薬が減っている。

 そのため艦隊を一時日本本土に帰還させる事も軍令部では考えられていた。

 実際、補給を担当する鎮守府でも計画が動き出しており、横須賀鎮守府所属である武蔵、長門、信濃への補給計画が持ち上がり手配が進んでいた。


「迅速に作戦を終了させなければ、危険です」

「兵力を増員すれば良いのですか」

「船舶が足りません。それに送り込んだとしても、制圧できるかどうか。米軍は地下陣地を作っています。制圧は難しいでしょう」


 上海での市街地戦と経験し、硫黄島での戦況報告と現地視察を行った佐久田には、狭く入り組んだ箇所の制圧が難しいことを知っている。

 大兵力を持っていても、実際に制圧に行けるのは少数の兵隊。数で制圧したくても狭すぎて、大勢が入れない。

 周辺を抑える事は出来るが、目標を、立て籠もる陣地を潰すには、結局、歩兵が突入し爆弾を投げ込み制圧するしかない。 

 今の日本にそのような事が出来る部隊がどこにいるのか、佐久田は疑問だった。


「想定外の事です。まさか米軍も地下陣地を作っているとは」


 日本軍による空襲への対策として作った地下壕を応用したものだったが、日本軍の前に有効に作用していた。

「米軍もかなり陣地防御には力を入れていますし厄介です」


 米軍は防御も優れている。ソロモンの戦いで、日本軍の夜襲で痛い目を見ただけに、防御態勢の構築は入念だ。

 度々飛行場奪回の為に日本軍が無謀な突撃をして米軍の火力で粉砕されることも多く、佐久田は米軍の防御を侮っていない。


「今からでも増援を送ってはどうですか」

「送る事は出来るでしょう。上陸させた船団が本土に戻ってきていますから」


 上陸部隊を送り出した船が空となり本土に戻ってきている。

 これらの船に兵員を乗せて送り出すことは出来る。

 大本営では増援部隊を乗船させマリアナへ送り込む準備をしていた。


「ですが、送り出した後、いや、この作戦を成功させたとして講和に持ち込めるのでしょうか?」


 佐久田は改めて疑問を北山と高木に尋ねた。

 確かにマリアナを奪回し、B29発進基地を制圧。

 本土空襲がなくなれば、日本は生産力を確保して戦い続けられる。

 だがそれは戦争終結を意味しない。

 米軍の戦力、生産力は圧倒的であり、いずれ絶望的な戦力差に拡大してしまう。

 次の中間選挙や大統領選挙まで粘ることは可能かもしれないが、それまでマリアナを保持できるとは思えなかった。


「残念だが、講和の機運は見えていない」

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