伊集院松治の生い立ち

 伊集院松治は伊集院男爵家、日露戦争で威力を発揮した伊集院信管の発明者、伊集院五郎元帥の長男として生を受けた。

 東京高等師範学校附属中学校を卒業後、海軍兵学校第四三期に入学し海軍軍人の人生を歩み始めた。

 兵学校の各期クラスにはそれぞれ特色がある。四三期は兵学校の中でもお嬢様クラスと言われるほど仲がよい、おとなしいクラスだった。

 第四四期が入学した時、総員制裁――上級生が入学したばかりの下級生全員を十発ずつ殴る当時の伝統行事を行うために校庭に呼び出した。

 だが心優しい四三期は、できなかった。

 自分たちがやられたのだから憂さ晴らしをするという意味で行われており、彼らも総員制裁の理不尽は受けている。

 だが、それでも彼らは出来ず、呼び出しておきながら何もせず、取り止め解散を命じるほど優しかった。


 伊集院を除いて。


 日露戦争の功績により男爵となった伊集院家の跡取りとして松治何不自由なく生活してきていた。

 だが、男爵家を継がなければならない、という決められた人生に苦しんでいたためか伊集院松治の性格は粗暴だった。

 長男でありながら落ちこぼれに近いことも、鬱屈した気分にさせていたようだ。

 父親は、海軍創設と共に入隊し、選抜され東郷平八郎でさえ入学できなかった英国のポーツマス海軍兵学校への入学を許され、そのまま英国海軍の軍艦に乗務。

 学識の豊かさを示し、グリニッジの王立海軍大学校へ入学を許された。

 卒業後は、日本に戻り、海軍の中枢で活躍。伊集院信管を発明し、日清日露の戦いを支え、戦後は軍令部長を勤め上げた偉大な父親。

 そして弟は自分と違って良く出来ており、立派であり貴族の子という感じだった。

 長男というだけで跡を継がなければならないという、苦しみに伊集院は悩んでいた。

 その粗暴さが、兵学校では噴出し下級生に向かった。

 伊集院に殴られたことのない下級生など存在せずちょっとした違反でも必ず殴った。

 盗み食いを発見すると先回りして捕まえ殴ると言う凄まじさだった。

 鉄拳制裁が横行していた兵学校でも伊集院松治の制裁は群を抜いていた。

 兵学校には赤鬼と青鬼というおっかない上級生の伝説が残ってるが、その伝説の元ネタの一人は松治であると信じられている

 通常、あまりに粗暴な生徒は任官して、精神的な異常があり長続きせず、海軍やめることが多い。

 ただし例外もいて、一人は山口多聞、そして伊集院松治だ。

 卒業後も伊集院の粗暴さは抜けなかった。

 父親の死により、男爵家を継いでからは、当主としての重圧もあったのか酷くなった。

 だが、兵学校で教官を務めるようになったあと、部下が増え、娘が生まれた事も合ってか。

 男爵家の生まれという珍しい出自から水兵たちが親しみをもって接したことも大きかっただろう。

 海軍生活を通じて松治の粗暴さは徐々になりを潜めていった。

 ただ士官に対する指導は厳しく、仕事をおろそかにする士官に対しては鉄拳制裁を行った。

 兵学校教官時代など魚雷発射の実習の時、寒さから艦内の部屋に逃げ込み甲板なかった生徒を全員ぶん殴り最後に出てきた者を冬の海に突き落とすなど荒れていた。

 しかし何故か慕われ、敬愛されていると徐々に松治の粗暴さは、なりを潜めていった。

 伊集院は丸くなり円熟味を増してゆき、父親である伊集院元帥のことを知る上官たちは、父親に似てきたと評価した。

 昇進していくたびに、海上勤務をこなし乗員と交流するごとに海軍士官指揮官としての伊集院の器は大きくなっていった。

 会話が巧みでひねりを効かせた話し方は部下であってもつい笑ってしまうほどだ。

 艦内の雰囲気は非常に良かった。

 太平洋戦争開戦時、重巡洋艦愛宕艦長として開戦を迎え、激戦を戦い抜いたが部下たちを信じる伊集院指揮のもと愛宕は大きな被害を受けることなくソロモンを戦い抜くことができた。

 その後戦艦金剛艦長、第三水雷戦隊司令官、護衛船団司令官を歴任。

 マリアナ奪回作戦に第三戦隊司令官として参加していた。


「司令官、第二艦隊司令部より、報告するよう電文が来ています」

「おう、ああ、参謀長は確か有賀だったな」


 新たに参謀長に就任したのは有賀だった。


「よし、通信兵、返電だ。文面はこうだ」

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