山口の逡巡

「ここは現存艦隊主義、強力な艦隊を維持し、米軍が攻撃出来ないよう牽制するのが一番です」


 転属に佐久田が進言してきたことだ。

 山口としては修正を加えたいほどの、消極策だが理にかなっている。

 現存艦隊主義が最大限の効果を持って成立するのは、有効な戦力が存在しその存在を明らかにしてこそだ。

 弱い、虚仮威しであると判断されたら、敵は積極的に攻めてくる。

 脅威を感じなければ敵は好き勝手に攻めてくる。

 実際、英国海軍がインド洋が日本軍によって蹂躙されながら英国本土から戦艦部隊を回航するのを躊躇い、逐次投入になったのはノルウェーのフィヨルドに隠れているティルピッツが、英国あるいはソ連に向かう船団を襲撃するのを恐れて待機させたからだ。

 また、グラーフ・ツェッペリン率いる通商破壊部隊が大西洋を暴れ回り、その対処に翻弄されたこともある。

 佐久田は同様の作戦を米軍相手に規模を大きくして行っていた。

 正面への攻撃を避け、後方へ奇襲をかけていたのも日本機動部隊が有効な打撃力を保有していることを米軍に示し、動きを警戒させるためだ。

 だが、米軍に撃退されない、機動部隊に損害が出ないことが大前提だ。

 兵力が減少すれば、国力の小さい日本は損失の補填も出来ず、戦力増強が出来ず米軍に対して劣勢になる。いや現状では劣勢である。

 機動部隊同士の正面決戦を避けているのは、損害を恐れるが故だ。

 それは正しい。

 攻撃に出るのは間違っている。航空機の補充、作戦で損耗した機体が補充できないのではじり貧だ。

 だが、同時に本土への空襲を排除しなければ、工場爆撃による生産力低下、補充数減少は避けられない。


 マリアナの奪回。絶対防衛圏の再構築と、長期持久体制の確立。


 日本が勝つには、少なくとも無条件降伏を回避するには、米軍が米本土まで後退している今実行するしか無かった。

 だが、その主戦力である、空母機動部隊をすり減らすことが良いのか山口には疑問だった。

 上は、軍令部や連合艦隊司令部は陸上航空隊を主戦力に考えているようだが、太平洋では無理だ。

 ヨーロッパでは、航空機の有無が死活的だが、それはヨーロッパ、平野が多くインフラが整っているからこそ活躍できる。

 海が広く島々との間が遠く、飛行場適地が少ない太平洋では、制空権以前に数少ない飛行場を確保する為に血みどろの戦いとなる。

 太平洋戦争の激戦地が、ガダルカナル、ラバウル、ニューギニアなど数カ所のみに限定されているのは、そこ以外に飛行場適地がないからだ。

 太平洋戦争の戦域の広さや後の教科書の日本軍の最大進出域のイラストを見ると広大な戦線で戦ったように見えるが、実際は、小さな島、飛行場適地を巡っての戦いだ。

 その島を手に入れるために艦隊まで投入し多くの飛行機と艦船が沈んだのだ。

 だが、そうやって確保した飛行場も脆弱だ。

 何しろ、島は移動できないため常に奇襲の恐れがある。

 日米機動部隊が前夜に哨戒圏の圏外から全速で突入し、夜明け前に攻撃隊を発艦させ夜明けと共に奇襲するのも基地の弱点を突くためだ。

 大概の場合この奇襲は成功する。

 奇襲の上、飛行場の収容能力以上の艦載機が襲いかかるため対応出来ないのだ。

 大概の場合、飛行場は壊滅する。

 ただ飛行場の長所、陸上にあるため沈まない、工兵の能力で迅速に補修し、機能を回復できる。

 ただ、飛行機を確保できるか、掩体壕などに避難させる事が出来るかが問題になる。

 そして、狭い島々では飛行機を避難させたり分散させる余裕はないので被害が大きくなりやすい。

 今回の奇襲でも米軍にも同じ事が言える。

 幾ら米軍でも島の大きさまで拡大することは出来ない。

 飛行場の拡張は出来るだろうが、限界はある。

 この攻撃でウォッゼの飛行場は壊滅するだろう。

 そして今日丸一日、泊地を攻撃して、機能不全にして後方基地として使えなくする。

 これで、マリアナ上陸にかける時間を稼ぎ奪回する。

 米軍の増援が来ない間にマリアナへ上陸し、奪回。

 米軍が反転してくるまでに防備を固め、迎撃するのが日本側の作戦だった。


「そう、上手くいくか」


 山口は独白した。

 返事は無かった。

 幕僚達は聞いているハズだが、返答しない。

 佐久田なら何か一言、耳障りな事でも帰してくる。


「ふん」


 違った意味で覇気の無い幕僚に山口は不満だった。

 やはり異動を取り消して欲しい。

 だが、作戦が発動した以上、無理な事だった。

 最早前に進むだけだ。


「攻撃隊より報告! 奇襲成功! ウォッゼは壊滅しました」

「第二次攻撃隊発艦準備完了! 発進します!」

「手を緩めるな! 収容した攻撃機は再発進できるよう準備を進めろ。準備出来次第発艦させ、攻撃の手を緩めるな」

「はっ」


 気乗りしなくても闘将と呼ばれた山口はテキパキと指示を続けた。

 不安を振り切るように。

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