ウォッゼ空襲作戦

「攻撃隊発進準備完了」

「よろしい攻撃隊発進せよ」

「はっ」


 旗艦信濃の艦橋で山口は命じた。

 尾翼灯一つだけ灯して、発艦していく攻撃隊を見るのはいつも通りだ。

 今回の作戦も上手くいくと確信していた。

 しかし心は晴れない。

 先の作戦でうけた損害に対する十分な補充が受けられなかった。

 何とか数を揃えたが、熟練パイロットが足りない。

 それでも今回の奇襲作戦は成功させられるだろう。

 だが、その後の作戦が、マリアナ奪回作戦が上手くいくか自信が持てない。


「コクサ、この後の予定は」

「はっ! 第二次攻撃隊発艦の後、帰投した攻撃隊を収容。第三次攻撃隊を編成し、攻撃を続行します。本日はその連続です」

「敵に反撃の隙を与えるな。帰投したらすぐに攻撃隊を出せるようにしておけ!」

「はっ はいっ!」


 怒鳴られた新任の航空甲参謀は、下がった。

 人殺し多聞丸と言われる山口だが、この時は苛つきから怒鳴ってしまった。

 素直に作戦計画を唱えるだけで失敗した時の方策を考えていない。

 計画実行者としては適任だが、ありとあらゆる可能性を――成功だけでなく、失敗した場合も考え、対処策を用意しておくのが本来の参謀だ。

 その点、佐久田は優れていた。

 山口が怒るような失敗でも可能性を指摘し対処方針を固め準備しておく。

 怒鳴ることもあるが、安心感が違う。


「そもそも、この作戦も実行して良いのか」


 本来作戦指揮官がこのような事を呟いてはいけない。

 命を賭けて命令を遂行する部下達は、気弱な命令を下す指揮官の下で死を覚悟するなどない。

 だが呟かずにはいられない。

 確かに日本はこのところ上り調子だ。

 フィリピンで勝ち、ハワイを攻撃し壊滅させ、硫黄島ではアメリカン軍を退けた。

 だが、どれもアメリカの弱点を突いただけで、日本軍が強くなったわけではない。

 勿論、将兵の敢闘にケチをつけるつもりなどない。

 しかし、十倍もの国力差があるのに、戦場で勝てるなど異常な事態だ。

 それだけ現場の将兵が死に物狂い、いや死を以て手に入れた成果だ。

 特に佐久田の作戦は素晴らしかった。

 米軍の弱点に日本が適切に攻撃を下した素晴らしい作戦だ。

 だが、そこまでだ。

 本気になったアメリカと正面から戦うなど無謀だ。

 マリアナ奪回作戦は必要だが、上陸となると敵の戦力を、米空母部隊を自力で排除する必要が出てくる。

 去年のマリアナ海戦以降、日本海軍は米軍機動部隊と戦った事などない。

 戦っても負ける、艦載機の性能と量、艦艇数で大きく劣るからだ。

 だから、正面からは戦わず、敵の上陸につけ込み、敵が上陸地点から離れられないことを利用して、敵の後方へ回り込み、策源地を叩き潰す作戦に転換した。

 フィリピン決戦ではウルシー泊地を攻撃して使えなくし、硫黄島ではハワイを攻撃して補給線と支援基地を破壊した。

 迂回による後方襲撃は成功だった。

 今回も、敵の後方へ回り込む。

 今出撃した攻撃隊がウォッゼ、去年占領されたクウェゼリン周辺の米軍部隊がいる環礁を破壊するのだ。

 浮きドックや多数の船団が在泊し艦隊に補給を行っている事は確認されている。

 ハワイという支援基地が壊滅したため、サンディエゴへ撤退したようだが、一部はまだ残っている。

 この部隊を撃滅し、環礁を使えなくするのが今回の作戦だ。

 そして、マリアナへの米軍の補給路を寸断し、上陸作戦を援護するのが、マリアナ奪回作戦の第一段階だ。


「期限内に攻略出来るのか」


 陸軍の虎の子の三個師団を使って上陸作戦を敢行し、一週間以内に陥落させる予定だ。

 何故一週間かと言えば、それ以上補給が、物資揚陸能力の限界から不可能と判断されているからだ。

 それに、長引いてマリアナ周辺に長期間、巡航していたら米軍機動部隊に奇襲される可能性もある。

 日本の機動部隊が損害を最小限で抑えていたのは、常に動き回り、米軍に捕捉されないようにしていたからだ。

 その長所を、海洋を自由に動き回れる能力を、一つの島の周辺を遊弋させることで殺ごうとしている。

 それに兵力の二重使用。

 ウォッゼ攻撃後、マリアナ奪回の支援及び、米軍機動部隊への警戒、やって来た敵機動部隊の排除も命じられている。

 命令されれば実行する。

 それが軍人だ。

 だが、遂行するために必要な装備も兵力も補充されない。

 何とか、艦載機を補充できたが、作戦終了後まで補充はない。

 損害で数が減る、ウォッゼへの攻撃後、戦力が少なくなった状態でマリアナへ支援攻撃を行う事になるのだ。

 少なくなった兵力で作戦など更に部隊をすり減らす事になる。

 補充を要請したが却下された。

 生産力が限界に近づいていた。

 むしろ十数隻の空母に詰め込めるだけの艦載機を用意できただけで日本の国力を考えれば奇跡としか言いようがないのだ。

 北山の満州及び占領地における生産力向上と、何とか守ったフィリピンで確保したシーレーンにより南方資源地帯から大量の資源が送られてきたお陰で何とかなっている。

 その貴重な戦力を勝ち筋が薄い作戦に投入するのは危険だ。


 

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