敵の作戦目標はマリアナ
日本が占領地に工場を建てていることは連合軍でも知られていた。
特にB29による空襲が始まってからはそれが顕著だ。
この状況を見て、アメリカ軍の一部では日本の首脳部が本土を見捨てて、占領地へ逃げるという観測が広がっていた。
しかしスプールアンスの幕僚は首を横に振った。
「国民の犠牲を払い続けることなどできないでしょう。国土を守らず何が軍隊ですか。連中は本土に留まるはずです」
「だな」
第一次世界大戦で世界最初の戦略爆撃、ツェッペリンの空襲を受けた英国はパニックに陥った。
それでも英国人は本土を捨てる事はしなかった。
ブリテン島に留まり続け、ドイツに抵抗した。
今次大戦でも英国は逃げること無くドイツの空襲に耐え、跳ね返した。
日本は違う、逃げ出すなどと断言できない。
シンガポール方面へ逃げ出すという意見もあった。
確かにシンガポールの港湾施設やドック施設を再建したようだが、あくまで南方の防衛とインド洋方面への作戦支援のためであり、日本本土に代わる拠点作りの為ではなかった。
そもそも本土から逃げ出すなどしようとはしないだろう。
ナチスドイツに蹂躙された小国のことを悪く言うつもりはないが、スプールアンスでも本土を捨ててカナダかメキシコへ逃げると言われたら、憤慨する。
愚かかもしれないが、祖国を守るのが軍人の本分だ。
「やはりマリアナにやってくるか」
「はい必ず、日本軍はマリアナにやってきます」
幕僚の意見にスプールアンスは満足した。
自分も同意見だが、司令部の意見を統一しておきたかった。それも自発的に深く考えて欲しい。
英霊に従うだけでは幕僚など務まらない。
自分の役目と作戦方針を理解してこそ上手く動くのだ。
「ならば我々はマリアナに向かう必要があるな」
「ですがハワイを空襲され機能回復していません。マリアナ近海で待機していても我が艦隊はろくに戦えません。日本軍と戦うことになったら補給がなされず、我が艦隊が負ける可能性が高いです」
マリアナ近海進出への最大の問題は補給拠点がない事だ。
特に太平洋最大の拠点であり前線に近いハワイが機能不全に陥っていることが第五艦隊の行動を制限していた。
ウォッゼがあるが、ここを襲撃され無力化された場合、補給が得られず艦隊は撤退せざるを得ない。
「それに防備が強力だと日本軍が引き返し、他の方面へ転進することも考えられます」
「マリアナ奪回を諦めるのか」
「いいえ、他の方面へ奇襲攻撃を行い、我々を動揺、誘因しマリアナをがら空きにして攻め込んでくるでしょう」
実際、日本軍の攻撃を待ち構えていたが、日本軍に配置がバレて、逃げられた上、他の方面を奇襲攻撃され、動揺し待ち伏せを解除。
その後、本命を攻撃された事があった。
この二の舞を演じたくは、なかった。
「しかも、日本軍は米本土からマリアナまでの長大な補給線のいずれかに奇襲を仕掛けてくる可能性が高いです。何処かで寸断されたら、マリアナに進出した我々は壊滅です」
厄介だったのは米軍が快進撃を行い、守備範囲が広がった事だ。
開戦劈頭、劣勢な兵力でも米軍は残った空母部隊を使いヒットアンドランを繰り返し、日本軍の戦力を殺いでいった。
米軍の行動が大胆だったこともあるが、日本軍の守備範囲が広すぎて、戦力が分散し各拠点に十分あ兵力をおけなかったことも原因だ。
今は逆に米軍が、兵力の分散を強要されている。
しかも、奪回した島々にニンジャ――中野の工作員が侵入し、掃討のために膨大な陸上兵力や監視のための航空戦力を後方に置かざるを得ない。
硫黄島での消耗もあり、兵力が足りなかった。
「ならば君ならどうする」
「陸軍と協力して日本軍の本命であるマリアナの守備を強化する以外に方法はありません。敵の作戦目的を阻止し、日本本土を空襲し、継戦能力を削ぐべきです」
「君の言うとおりだろう」
民間人を巻き込む無差別爆撃など、古き良き時代を知るスプールアンスにとっては唾棄すべき戦術だが、命じているのであれば仕方ないし、効果を認めざるを得なかった。
「だが防衛戦の最中、いや、マリアナ近海に我が艦隊進出している時、日本軍が我々の脆弱な後方を攻撃する可能性がある」
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