暗殺計画の長所と欠点
「……どいうことです」
首相暗殺という不穏な言葉に佐久田は、恐る恐る尋ねる。
高木は、溜息交じりに事情を説明した。
「去年のマリアナ防衛失敗の後、なおも戦争継続を主張する東條を排除するため、神大佐と共に東條暗殺計画を立てた。ただ決行二日前に東條が総辞職をしたため計画は中止した。まあ中止してよかった。決行していたら大失敗に終わっていただろう」
「警護が厳しく暗殺が不可能だということでしょうか?」
「いや、警備などザルに等しいオープンカーに乗っている東條暗殺するぐらいなら訳もない。囲んで機関銃の掃射を浴びせれば終わりさ」
東條はヒトラーを真似て見栄えの良いオープンカーで人々の前に出ることが多かった。
その瞬間を狙うことはたやすいことだった。
「ただ暗殺を成功させてもし暗殺に海軍軍人が関わっているとしたらどうなるだろう。しかも終戦に向けて動き出したら。アメリカと戦い抜くことを決めていた国民は裏切られたと感じ暴動、反乱が起きかねない。陸軍との対立も深まり、よりやりにくくなる。そうなれば国は分裂するだろうな。それでは意味がない」
高木の言ってることはどれも佐久田には納得できることだった。
恐らく、ブレイントラストで、次の戦争終結計画を立案する際、参考として東條暗殺を実行した場合の最悪のパターンを検証したのだろう。
ありとあらゆる点を考慮するのは好感が持てた。
「ヒトラー暗殺未遂の顛末もある。上手くいかなかっただろう」
七月二〇日にヒトラー暗殺未遂事件が起きた。
この時はトレスコウ少将指導の元、シュラウフェンベルク大佐がヒトラーを暗殺し、その隙を突いてクーデターをしようとした。
爆破には成功したがヒトラーは運良く生き残るのに成功した。
しかし、爆破を実行したからにはクーデターを行わなければいけない。
だが、失敗した。
計画者達の実行力が無かったこともあるが、大半の国民がヒトラーに忠誠を誓い、支持していたからだ。
連日の爆撃をドイツやヒトラーのせいではなく爆弾を降らせる連合軍に向けていた。
彼らの目には自分たちの為に戦っているヒトラー、あの屈辱的なベルサイユ体制を打破し、どん底にあった自分たちを救ってくれた英雄という肖像しかなく、その英雄、救世主に等しいヒトラーを殺すなど利敵行為だった。
結果、シュタウフェンベルクとその協力者達は追い詰められ逮捕され、裁判にかけられ処刑された。
彼らを助ける声が上がらなかったのはナチス支配下という事もあるが、自分たちが、国民が支持する、国民を助けたヒトラーを害をなそうとしたからだ。
彼らの評価が変わるのはヒトラーがいなくなった戦後だ。
その顛末を、高木はドイツ駐在武官からの報告で知っており、自身の計画も同じ問題点がある、と考えていた。
「暗殺に成功しても海軍は国民から見捨てられただろう。五・一五ほど同情は得られまい。むしろ決戦を脅かす内憂と見なされる危険もある」
説明する高木の意見に佐久田は同意する。
だが、あまりにも高木は口が軽すぎた。
暗殺計画のメンバーをぽろっと言ってしまうのは問題だ。
それが佐久田には不安だった。
「何か方法がありますか」
「それをこれから考えるんだよ。君とね」
そういって高木は、北山、佐久田と話し合いを再開した。
「結局の所、戦争をするしか双方とも今のところ道が無いと考えている」
「つまり、戦争を終わらせた方が、良いと日米共に思わせる事が、大事だと」
「その通りだ。まあ、終わらせる事は主戦論者も考えているが、アメリカに戦場で勝って講和を結ぶという考え方だ」
「無茶苦茶です」
佐久田は非現実的な提案に声を荒げた。
それが出来れば、どんなに楽なことか。
どれだけ佐久田が苦労したことか。
何とか勝利を収めたというのが現実だ。
それでも講和を結ぶことは出来なかった。
「現在の海軍に米軍を圧倒できる戦力など有りません」
「その通りだ。だが、損害を積み重ねれば厭戦気分が高まると連中は考えている」
「その前に、我々は本土を爆撃されて焦土とされますよ」
「それは防がなければならない。しかし、帝都空襲の後も、考えを改める人間は少なかった。まだ戦えるし、勝てる見込みがあると考えていたからだ」
「つまり戦力があることが問題だと」
「その通りだ。勝てる見込みがなくなれば講和に向かうだろう」
「しかし、それでは無条件降伏と同じでは」
戦力を持たなければ相手の武力による威嚇に対してなすすべがない。
できる限り戦力を維持することを佐久田が考えて作戦を立案したのもそのためだ。
「だが、米国との国力差は圧倒的だ。損害を抑えてもいずれ米国の戦力が、絶望的な戦力差に広がる。結局の所、戦力が有ろうが無かろうが、無いも同然だ」
「つまり、無条件降伏以外にないと」
「他に手段が見つからない現状では。だが、それは防がなければならない。戦力が対等な内に戦争を終結させたくて暗殺計画を立案したのだが、最早無理だ」
今のところ、日米の空母機動部隊の戦力は互角だ。
それでも講和の話は無い。
そもそも、快進撃を続けた開戦劈頭でさえ、講和の兆しは無かった。
日本側の慢心もあったが、講和を結ぶような意見は米国側からもなかった。
仮に日本軍が優勢になることがあっても現状では米国は講和を締結する事は無いだろう。
「だから、戦力差に頼らない、何か米国と対等に話せる材料が、講和に向かう為の材料が、風が欲しい」
「難しい話ですね。ですが、それしか無いでしょうね」
佐久田は高木の意見に賛同した。
戦場で勝って講和に結びつけられないなら、何か他の手段を考えなければ、それもアメリカが向こうから呼びかけてきてくれるだけの手であればなおよい。
その夜は深夜まで話が続いた。
以降は、佐久田の人事が発令されたこともあり海軍省と鎮守府で北山と高木と会う事になる。
他のメンバーとは日本商工会議所会頭であり協力者である藤山愛一郎がもつ熱海の別荘で話すことになった。
だが、打開策は見つかりそうに無かった。
そして数日後、マリアナ奪回作戦が発動され、各部隊が動き出した。
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