佐久田の転属
「後方へ左遷ですか」
次の佐久田の転属先が鎮守府参謀と言われて北山は怪訝に思う。
これまで第一線で戦い、勝利をもたらしてきたにも関わらず、後方へ下げるなど、懲罰に北山は思えた。
「通常なら出世コースなのですがね」
北山の否定的な口調に佐久田も同意した。
通常は実戦部隊と後方、軍令部や海軍省、各種学校を行き来することで軍人は出世していく。
そのうちの出世コースの一つが横須賀鎮守府の参謀だ。
艦艇の母港である鎮守府、それも帝国海軍最大規模であり、帝都に近い横須賀は呉に並び、重要視されている。
その参謀であれば出世は間違いなしとされている。
「定期的な人事異動ですよ。当然のことですし、必要ですが」
日本海軍では戦時中も定期的に人事異動が行われた。
特にミッドウェー海戦前の人事異動は後の時代では非難の的だ。
対照的に、ハワイ作戦の時は人事異動を止めさせ、部隊は連携も人間関係も最良の形で作戦を実施できた。
このことから練度が上がった部隊、人間関係も連携が出来ているのにバラバラにするのは戦力を低下させる、という観点から、戦後、日本海軍の硬直性を指摘する声が上げられる。
だが、定期的に交代させなければ、人間は育たないし、新規部隊の創設も出来ず、戦力は徐々に減っていってしまう。
それに代替できない個人技量に頼るなど近代軍のやり方ではない。
佐久田が機動部隊参謀を二年半やっていたことが異例中の異例。
機動部隊のトップであった南雲が半年遅れでミッドウェーの責任を負う形で去り、小沢、山口へと長官が交代しても佐久田は第一機動艦隊参謀として留任した事の方が異常なのだ。
「ですが、本当の理由は私を煙たがって移動させたのでしょう」
「そうでしょうね」
佐久田も恣意的な人事と分かっていた。
定期の人事と出世コースにあたるポストを提示することで、一見左遷に見えないようにしているのだ。
理由は当然、次期作戦、マリアナ奪回作戦への反対。
作戦の主力となる機動部隊の参謀が、反対していたら成功など見込めない。
佐久田が危険だと感じた。豊田連合艦隊司令長官が海軍省に圧力をかけて行ったのだろう。
フィリピン、ハワイ、硫黄島と米軍を撃退し打撃を与えたことも追い風となっていた。
尽力した佐久田の成果だったが、いやだからこそ、佐久田を追い払いたかった。
佐久田だけに戦功を独占されるのを嫌がったのだ。
ハワイから米軍が撤収した今、自分たちでも戦果を挙げることが出来ると考えている人間が多く、この好機に武勲を挙げようとする人間達も加わり、栄光ある奪回作戦の戦功を独占するべく、佐久田を排除、移動させる事にしたのだろう。
「ですが、既に発令されています。従うしかありません」
不本意な人事でも、命令されたからには従い遂行するのが軍人だった。
戦地を巡りすぎてスレすぎた佐久田も軍人であり、明確な命令には従う。
曖昧な命令に対しては、曖昧さを利用して独断専行や拡大解釈をアクロバティックに展開するが。
「分かりました。ですが、横須賀なら、ちょくちょく会えますね。これからもよろしくお願いします」
「講和に結びつかなければ意味がありません」
「同感です。ですので講和のために、あなたには奔走してもらいたい」
「鎮守府の一参謀にそんな事出来ませんよ」
「ですが動きやすいでしょう」
鎮守府の参謀だが打ち合わせのために、帝都の海軍省や軍令部を訪れる事は多い。
他の機関とも話すことが出来る。
まして帝国海軍最大規模の横須賀は関連する部隊も多いし、帝都に近い。
前線にも、横須賀所属の部隊や艦船が多いので訪問することがある。
その気になれば、あちこちへ動くことが出来る。
「しかし、政府中枢にツテがありませんし、上層部からも私は睨まれています。第一、何をすればよいのか」
「大丈夫です。そのためにお会いして欲しい方がいます」
北山が合図すると、隣室の扉が開きメガネをかけた国民服姿の人物が入ってきた。
顔を強ばらせ佐久田を睨み付ける。
だが、それが、威嚇ではない事は佐久田はすぐに理解した。
人見知りで、何を言って良いのか分からず、固まっているのだろう。
佐久田も同様な部分があるので理解しており、自分から自己紹介した。
「はじめまして佐久田です。海軍にて今度、横須賀鎮守府参謀となります」
「知っている」
男は端的に言った。
佐久田も国民服を着ていないが海軍の人間である事は雰囲気や挙動から分かった。
しかし、潮気がなく、海上勤務に就いている雰囲気ではない。陸上勤務者のようだ。
そして男はようやく自分が自己紹介をしていないことに気がつき、佐久田に話した。
「初めまして高木惣吉です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます