ハワイに上陸していたら

「ハワイ再攻撃の際、開戦時に出来なかった占領しておけば良かったんだ」


 ハワイ再奇襲攻撃作戦成功後、裏で佐久田がよく言われる話だった。

 呆れ気味に佐久田は北山に言う。


「ハワイ占領のために輸送する陸上戦力は最低で二個師団は必要ですよ。出来るならハワイ守備の二個師団を制圧するため、三倍から出来れば五倍の兵力、六個から十個師団が必要です」


 軍事学上では攻撃側三倍、守備側に対して攻撃には三倍の兵力が最低限必要とされている。

 特に防御に有利な渡河や上陸作戦では五倍から十倍の兵力が必要とされていた。


「奇襲によって上手くいくとしても、同数の二個師団は必要です。ですが二個師団でも輸送だけで船舶四〇万トンほど必要になります。それだけの船舶を用意できますか?」


 連合艦隊の艦艇を動員して兵員を輸送することは出来るし、上海事変の際や日米戦開戦以降、戦艦で陸軍の兵員を輸送した実例は多い。

 だが、大砲などの装備や食料弾薬物資を輸送するには貨物船が必要だ。

 それに、輸送だけならともかく上陸作戦となると護衛や、上陸支援で戦闘もあり得るから、多すぎる便乗者は邪魔だ。

 戦後、連合艦隊の艦艇を使い、陸兵を輸送してハワイを占領するというエンタメ作品が作られ話題を博し佐久田の臆病ぶりを笑う評価が出たことがあった。

 だが、兵員輸送はともかく物資輸送の観点が抜けており、面白く書き上げるための出しにされた。

 当時の佐久田も、同僚の軍人達から、ハワイを占領するべきだったと話が上がった。


「そもそも作戦立案時、船舶は足りませんでした」

「硫黄島前でも何とかなったのでは? 帝国の通商を一時的に止めて、実行すれば可能です」


 北山の言葉は事実だった。

 五〇〇万トンは余裕を持って出した数字であり、多少割り当てを削減すれば、ハワイ占領に必要な陸上戦力輸送用船舶を投入することは可能だった。


「占領すれば、ハワイ諸島を人質に外交交渉が出来た上、最終的に撤退するにしても一年ほどはアメリカの攻勢を押しとどめることが出来たのでは無いでしょうか? 補給を失った各戦線の米軍を押し返すことも不可能では無いハズです」

「……認めます」


 アッサリと佐久田は認めた。

 遠すぎるハワイを占領維持は不可能だ。

 占領してもその先、米本土上陸など夢物語だ。

 戦力を回復した米軍に叩き潰される。

 だが、ハワイ奪回の為に、米軍の対日戦侵攻スケジュールを遅らせる事は出来る。

 少なくとも来年の中間選挙、あわよくば次の大統領選挙まで持ちこたえる事も。

 佐久田自身、そのことを目論んで作戦案を立てたのだから。


「しかし勝率、いえ成功率は一割くらいです。実行した場合、船団が見つかったり作戦全体が失敗する確率が増えます。攻撃なら成功の確率は五割くらいです。確実な方を選びました」

「なるほど。代わりの賭けに勝って更なる金を求め倍率は高いが勝率の低い賭をやっていればと言っているようなものですね。失礼しました」

「いいえ、誰でも試しに行ったことが成功したら、使わなかった案が優れているように思うのは自然なことです」


 シナ事変の時から日本軍はそうだった。

 もっと投機的な作戦を行っておけば鮮やかに勝てたと当時から言っていた。

 しかし、事変から七年経った今も足抜け出来ず、むしろ対米開戦を導いてしまっている。

 戦闘など短期間に、確実な成果を上げる程度に収めておけば良いのだ。


「そんなにハワイ占領素晴らしい作戦なら開戦劈頭に敢行して貰いたかったね。成功させていれば今頃アメリカとの戦争は終わらせられただろう」


 といって佐久田は何時も言い返していた。

 北山に言わなかったのは、北山が理解する頭脳を持っていたし自分の意見に何時までも拘泥するような人間ではないからだ。

 それにハワイ上陸作戦が無謀なら、同様の作戦であるマリアナ奪回作戦も無謀な事も理解して貰えるだろう

 だから佐久田は北山に尋ねた。


「それで内閣の方から作戦を中止にはできませんか?」


 政府の方から、軍部の方へ働きかけて、出来ないだろうか。

 特に海軍大臣と陸軍大臣を動かして作戦を止められないか、佐久田は期待した。


「無理ですね。戦争終結に繋がる講和の見込みがありません」


 故ルーズベルト大統領が言い出した無条件降伏論のため、連合国は交渉に応じていない。

 一応、死去の際に日本政府はヒトラーと違って弔意を示し、交渉を行おうとした。

 だが、上手く行かなかった。

 進退窮まった小磯首相は、打開のためにマリアナ奪回作戦に望みを繋ごうとしている状況だ。


「私に出来る事は、船舶の徴用を出来るだけ少なくして作戦規模を縮小するだけです」


 北山がその気になれば、民間用の船舶を一時的に作戦用に転換し、それこそ十個師団を輸送できるだけの船舶を用意する事も可能だ。

 だが成功の見込みがないのであれば、失敗すると分かっているのなら出来るだけ、参加する兵力を少なくするため、割ける船舶が少ないと言ってごまかすのだ。


「出来るだけ、兵力を少なくしましょう。あなたの為にもなります」

「ありがとうございます。転属前に良かった」

「転属ですか」

「ええ、第一機動艦隊参謀から、横須賀鎮守府の参謀へ移ります」

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