マリアナ奪回作戦の立案と成否

 硫黄島防衛作戦が成功した後、米軍をフィリピンに続いて退けたという自信から、米軍恐るるに足らず、マリアナを奪回すべし、の声が大本営を中心に陸海軍のなかで台頭してきた。

 初めは、作戦の規模が大きすぎて成否に疑念を持っていた。

 だが米国との講和交渉が不調に終わった結果、米国に打撃を与えるため、日本の領土を奪回するためにマリアナ奪回作戦が立案された。

 特に連合艦隊司令長官、豊田大将の意見具申は凄まじかった。

 マリアナ奪回作戦を実行できなければ自分は長官を辞任すると言って聞かなかった。

 決戦であった去年のマリアナでの敗戦のあと、起死回生の人事として豊田は連合艦隊司令長官として就任。

 直後のフィリピンで勝利し米軍を押し返した。

 そして今年に入り、ハワイを再攻撃して硫黄島を救った豊田は英雄であり、国民の支持も高かった。

 その豊田に辞められると、国民の士気に関わるとして、軍令部は作戦案を受け入れざるを得なかった。

 陸軍としても、本土防衛の大命を受けている以上、本拠地を潰さなければ、完全な防衛は出来ないと、一部では乗り気だった。


「私は反対です」


 しかし佐久田は反対した。

 実際の作戦立案と指揮は佐久田が行っていたが、国民は勿論、全海軍の中で有名というわけではなかったため、功績は無視されがちだ。

 一時籍を置いた軍令部と機動艦隊を中心に支持してくれる人間はいるが、影響力は小さい。


「勝てる見込みがありません」


 北山だけでなく会う人間に、ことある毎にマリアナ奪回作戦反対を言っているのだが聞く耳は持たれなかった。


「機動部隊と陸軍の三個師団を投入できるのに」


 陸軍は無理を押して、虎の子の部隊、海上機動師団を含む三個師団を投入することを決定していた。

 揚陸艦を多数保有し上陸戦の教育を受けた部隊で構成される海上機動師団は米軍の上陸に対する逆上陸、諸島奪回の切り札として整備された精鋭部隊だった。

 この部隊を投入することから見ても陸軍がこの作戦にかける意気込みが見えてくる。


「数が足りません」


 だが佐久田は簡単に切り捨てた。


「装備優秀な米軍は十万の兵力で装備の劣る我が軍、硫黄島守備隊三万に負けました」


 硫黄島攻略に米軍は十万を使い失敗した。

 小島でさえ、攻略できなかったのに優秀な装備を持つ米軍。

 その彼らが守る島に、たった三個師団六万から十万、それも三つの島を攻略しようというのだ。

 失敗する事は目に見えている。


「もっと大きな兵力を投入しなければなりませんが、出来ません」


 実際に日本には兵力はある。

 曲がりなりにも大東亜共栄圏の美名の元、加盟国の独立を手伝い、国軍創設を行い、一部の任務を日本軍に代わり、担えるまでに成長した。

 お陰で日本軍は中国大陸や南方など各地で戦略的な後退を行い、国内で総動員を行ったため、十個師団ほどの余裕があった。

 その兵力を投入しないのは、輸送する船団の数が足りないからだ。

 当時の一個師団を輸送するには、最低でも二〇万トンの船舶が必要だ。

 戦線が縮小しているとはいえ、総動員を発令した日本本土へ送る物資輸送に四〇〇万トン、大東亜共栄圏の構成国への物資輸送に一〇〇万トン。

 総計五〇〇万トンの船舶を常に必要とされる日本にとって、いま軍用に割けられる最大限の船舶が六〇万トンしかない。

 この船舶で輸送できる三個師団が帝国がマリアナへ送れる最大限の兵力だった。


「あまりにも投入できる戦力が少なすぎて失敗します。仮に十個師団を投入できたとしても、準備に時間が掛かりますし、それだけの兵力を運用する物資がありません。護衛の船舶も足りません。三個師団程度が、実行できる最大限の数字です」


 兵力を多く投入することこそ、勝利への第一歩だ。

 だが、その兵力を有効に活用出来るかどうかは能力次第だ。

 特に海上輸送中の陸上部隊は良い標的でしかない。

 十分な護衛艦艇が無ければ沈められて仕舞う。

 結局の所、帝国の国力で投入できるのは三個師団が限界なのだ。

 米国に比べれば少ないが、これだけの兵力を自国で用意し海上輸送、上陸作戦を行える国は列強でも少ない。

 米国が異常なのであり、比べるのが間違っている。

 その米国が、占領したマリアナに強固な防備を敷いていることが予想される。

 兵力優位という勝利への前提が崩れていては、作戦成功など望めない。


「機動部隊も戦力は充実しましたが、燃料が足りません。十分に動くことが出来ません」


 南方から送られてくる燃料が足りなかった。

 お陰で一部の艦艇は港に繋げたままの状態になっている。

 シーレーンは確保して原油を手に入れても、その原油を精製する能力が足りなかったし、艦隊へ運ぶタンカーの数が、機動部隊に随伴できる高性能タンカーと補給艦が足りなかった。

 これまでの成果は、すべてギリギリの状態で成功させたに過ぎない。

 艦載機の補充も十分とは言えなかった。


「マリアナ奪回は時機が早いのでしょう? もう一度、政府は講和交渉してみては?」

「無理です。フィリピンからペリリュー、ビアク、硫黄島、ハワイと勝ち続けてきている。ここで交渉というと勝利を諦めるのか、と言われかねません。それに先日の東京空襲でサイパンを奪回しない限り、帝国の安全は保障されないという意見がでてきています」


 B29による空襲被害もあって、B29発進基地であるマリアナを奪回しなければ日本の安全は、本土の防衛は完璧に出来ないという話しも出てきていた。

 空襲被害による生産力の低下は戦力補充にも影響するため、佐久田以外、面と向かって作戦に反対できない状況だった。


「作戦を止めるのは難しいです」


 北山は、力なく言った。


「あと聞きたいのですが」

「何でしょう」

「ハワイ攻撃の時、ハワイを占領できたのでは?」

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