枢軸国の現状

「そもそもドイツに気兼ねする必要などないでしょう」


 佐久田は北山を相手に言い放つ。

 単独講和しない事を日本とドイツは約束していたが、守る必要などない。

 同盟は戦争前に一時的な利害が一致したから結ばれただけだ。

 地球の反対側で戦っているドイツと歩調を合わせる必要など無いし、出来やしない。

 共同作戦を採ろうにも、間には英領インドがある。

 何よりも距離が遠すぎる。

 そもそも独立国である日本がドイツに縋ること自体がおかしいのだ。

 もちろんドイツの技術が優れているのは認めるし、その恩恵を受けている。僅かながら潜水艦による共同作戦も行って成果を上げている。

 しかし、日独は運命共同体ではない。

 日本は独立国で在り日本の生存を求めて戦うべきだし、ドイツの属国でもない。

 互いに独立国であり、それぞれの利益を求めて互いを利用しあっている。それが、国際社会だし健全だ。

 同盟国でも相手に巻き込まれぬよう距離を置けるよう選択肢や手段を用意しておくのが常日頃必要だ。

 大東亜共栄圏などその一例だ。

 元は、ドイツのヨーロッパ制圧で、フランスやオランダの植民地がドイツの植民地になりそうだった。他のヨーロッパ諸国からドイツに成り代わることを、かつての植民地支配の延長になるのを防ぐため、日本が指導し、将来アジア民族を独立させることを目指してドイツとの交渉で打ち上げたものだ。

 米英との開戦後は対米英戦への大義名分として使われた。

 現実には日本の実力不足、現地に派遣された管理の傲慢さだとか物資供給を含む能力不足もあり、上手く行かなかった。

 だが、ドイツへの牽制には役に立った。

 何時までも同盟に縋っていても良い事など無い。

 日本とドイツでユーラシアの盟主となるべきだと主張があったが、それは最早夢物語だ。

 昭和一七年ぐらい、枢軸が最大の勢力となったときは目があったが、既に過去だ。

 ドイツは、ソ連軍の冬季攻勢と春期攻勢で中央軍集団が壊滅、ロシアから叩き出され、ドイツ国境で苦しい防衛戦を強いられている。

 西からは米軍主体の連合軍が独仏国境に迫ってきている。

 イタリア戦線は山がちの地形を利用して耐えているが、既に北イタリアにまで攻め込まれている。

 今のところ、ドイツ参謀本部の指導の下、各戦線は善戦しているが、いつドイツが陥落してもおかしくない。


「ドイツなど風前の灯火でしょう」


 そんな弱ったドイツを頼るなど馬鹿げている。

 日本は独立独歩で、ドイツを抜きに、自分でアメリカに対応する必要がある。


「ええ、生きながらえようとドイツは必死ですよ。弱くなった軍をルールとルーマニアのプロエシュチェ防衛の為に移動させています」


 独仏国境に近いルール工業地帯はドイツ最大の工業地帯であり、炭鉱と鉄鉱石の鉱山がある。

 ここを守らなければドイツの継戦能力は無くなる。

 ルーマニアのプロエシュチェは油田があり、ドイツ軍の燃料供給を引き受けている。

 いくら精強なティーゲル戦車を持っていても、無敵のメッサーシュミットの新型戦闘機を持っていようが燃料が無ければ戦えない。

 本土が侵略されそうになっているのに国外へ展開させなければならない。

 一見国民を見捨てているように見えるが、国内で確保できない国外の資源、エネルギーが無ければ、輸入、入手出来なければ国家を維持できない。

 必要な資源確保の為、資源国と交易関係、あるいは支配下に置く必要があるのが近代国家の欠点だった。


「いずれ、日本もそうなるでしょう」


 事実上無資源国――地質学上の奇跡によりない鉱物はない、と言われるほどありとあらゆる鉱物が掘れる日本列島だが、絶対量が少なすぎ、総力戦も国民も養うことが出来ない。

 食料も、朝鮮や満州からのコメと大豆に頼っている。

 石油は南方に頼りきりだ。

 シーレーンを分断されたらお終いだ。


「フィリピンが守れたので何とか生きながらえています」


 安堵と共に北山が言った。

 決して大げさではない。

 フィリピンが守られたお陰で、シーレーンは防衛され、南方との資源輸送が行えている。

 もし負けていたら日本は更に厳しい状況に追い込まれた。

 企画院――戦争遂行のために日本政府が作り上げた統制機関の重鎮であり、自ら財閥の総帥として経営に関わっている北山は日本の現状を知っており、偽りは無かった。


「しかし、空襲が激しくなれば、本土の被害が大きくなります」


 B29による空襲被害は大きく、特に軍用機の生産工場、中島の武蔵野工場や三菱の名古屋工場は大きな被害を受けていた。

 そして帝都をはじめとする、大阪、名古屋への焼夷弾攻撃。

 数十万の国民の命を奪っており、目を背けることは出来ない。


「ここで対策を、防がなければ講和の前に日本は焦土となるでしょう」

「しかし、そのためにマリアナ奪回作戦を行うのは博打が過ぎます」

 

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