マリアナ奪回作戦

凱旋パレード

「前へ進め!」


 横浜の大通りに号令の後、軍靴の音が響いた。

 硫黄島守備隊の生き残りが上陸し、凱旋パレードを行っているのだ。

 元々横浜で徴兵された者が多いため、知人がいないかどうか気になった市民の多くが集まってきていた。

 硫黄島から戻ってきた彼らは、上陸前に少しでも見栄えを良くするよう身体を洗い、一装品、工場で出来上がったばかりで他で使われていない、最上の軍服を支給されていた。

 顔の血色も良かった。

 戦いの間は食料が乏しく、硫黄島の過酷な環境と連日の戦闘で体力を削られガリガリだったが、救援部隊の物資と、帰国する船便に乗っている間、激戦を戦い抜いた英雄として彼らは特別食が与えられ、みるみる体重を取り戻し、健康な身体になった。

 そのため凱旋部隊らしく、威風堂々とした格好であった。

 栗林中将が戦闘で馬に乗り先頭を行く。

 続くのは混成第二旅団の千田少将とその指揮下の将兵だ。

 全員、磨き上げた銃剣を煌めかせ、乱れぬ歩調で軍靴をならしつつ道路を交信する。

 その後に続くのは戦車第二六連隊の戦車だ。

 だが連隊長である西大佐は戦車には乗らず老馬に乗って先頭を歩いている。

 ただの老馬では無かった。

 ロサンゼルスオリンピックで金メダルを取った愛馬ウラヌスに騎乗していた。

 既に老齢だったが、晴れ舞台を見せてやりたいと西が東京からわざわざ呼び寄せたのだ。

 だが、ウラヌスの方が思いは強かった。

 自分に跨がれと西に懇願し、根負けした西は、ウラヌスの思いを叶えるべく騎乗する事にしてウラヌスに鞍を乗せ、跨がり手綱を握った。

 全盛期とは比べものにならないくらいウラヌスの力は劣っていたが、歩きは威風堂々としていた。

 オリンピックと硫黄島の英雄が愛馬に乗り蹄をならして歩く姿を、戦車を率いる姿を見て市民達は感激した。

 残念な事に、この後ウラヌスは体調を急速に悪化させ、老衰のため飼育されていた馬事公苑にて死去した。

 享年推定二七歳。

 馬の平均寿命が二〇年程である事を考えると長寿であり、大往生と言えた。


「最後に花道を飾ってやれた」


 西は静かに、生涯の伴侶の死を、自分に栄光と安らぎ、生きがいを与えてくれた馬に感謝と別れを告げた。

 この出来事もあって、戦車第二六連隊の後ろに続いた市丸少将以下の海軍部隊への注目度が下がり、彼らの扱いが軽くなってしまったのはご愛敬だった。

 しかし、この光景に不満を持つ人物もいた。




「馬鹿げた事だ」


 ホテルニューグランドの一室から、彼らのパレードを見ていた佐久田は毒づいた。

 関東大震災で壊滅した横浜復興計画で立てられたホテルだけに、内装は豪華だった。

 皇族やチャップリンなどそうそうたるゲストが宿泊しただけの事はあった。

 先日の空襲による被害もなく、営業を続けていた。

 その威容もあり、パレードのコースにホテルの前を通るよう計画された。

 そのためホテルの部屋から列がよく見えた。


「華やかなパレードを見せて真実を隠している」


 相変わらずの手段に佐久田は、憤りしか感じなかった。

 これではフィリピンの時と同じだ。


「他に方法はないでしょう。アメリカとの講和交渉が失敗したのですから」


 内閣の嘱託である北山が答えた。

 硫黄島防衛作戦が成功した直後、日本は米国との講和交渉を行った。

 フィリピンに続く大失態と損害、上陸兵力の内、三割、それも陸上での成果は米軍に驚きを与えた。

 国債キャンペーンで大々的に宣伝で使われていたこともあり硫黄島撤退は大きな動揺となった。ハワイが壊滅した事など小さいことだった。

 ハワイの方が重大なのだが、アメリカ国民でも損害の大きさ知らないし、知ったとしても兵站能力喪失の重大性を理解できなかった。

 結果、議会では対日戦の中止、講和を求める声が上がり始めていた。

 しかし、トルーマンは戦争継続を命じた。

 彼の前、ルーズベルト大統領が残した閣僚の多くが戦争継続を指示したからだ。

 講和をすれば戦時中と言うことで隠されていたこと、日本への無差別空襲に対する非難が吹き出る可能性がある。

 それにルーズベルト大統領がぶち上げた、無条件降伏が達成できず残された閣僚が非常に困った局面に追い込まれる。

 ルーズベルトのあとを継承したトルーマンにも無条件降伏を枢軸に強いることを求める勢力も多かった。

 ドイツに配慮して、日本が極秘に、水面下で交渉していたこともあり、交渉は無残な結果に終わり、戦争は続くことになった。


「これでは、彼らが凱旋した意味が失われる」


 戦場で勝利した英雄の成果を生かすのが政治であるのに、無駄にしてしまったことに、激戦を生き延びた彼らを、見世物としてえ道化のように使って誤魔化そうとする政府に佐久田は憤りを感じていた。

 それだけに出てくる言葉も辛辣だった。

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