阿蘇撃沈

 阿蘇に命中した三本の内、一本は艦首で炸裂し機動性が低下、もう一本は中央部に命中し機関室の一つを破壊した。

 そして残りの一本は舵に命中し、舵故障を発生させ面舵のまま固定された。

 被弾によって回避行動が不可能になった阿蘇へ、米軍機が続々と襲撃を仕掛け、更に爆弾三発、魚雷二本が命中する。

 戦時急造艦で防御力が弱いとされていたが、これだけの数を受けてまだ浮いているのは、艦政本部の設計が優秀だったからだ。

 だが、それも限界だった。

 各所が破壊され、浸水が増大した阿蘇は傾斜を急速に増していった。

 排水ポンプは作動させていたが、浸水量が多すぎた上に、機関部の半数が破壊され、ポンプは動力源を失い、大半が作動不能となった。


「総員上甲板! 退艦せよ!」


 応急指揮所で指揮を執っていた副長が命令した。

 艦橋に爆弾が一発命中したため艦長以下、主要幹部が戦死したため、防御応急指揮をとるべく艦中央部にある応急指揮所に陣取っていた副長が指揮を継承。

 被害状況を把握し、復旧の見込みなし、沈没不可避と判断して命じた。

 この命令は適切だった。

 退艦命令を発して十五分後には、阿蘇は沈没したが、早々の退艦命令により乗員の半数が生存する事が出来た。




「阿蘇、沈没します!」

「翔鶴被弾大破! 沈没の危険はないものの飛行甲板を破壊され発着艦不能」

「艦載機数減少しています!」


 阿蘇の沈没を聞いて機動部隊司令部の中には沈痛な雰囲気が広がる。

 他にも翔鶴の離脱、空襲に備えて艦載機を投棄したことで戦力が減少している。

 特に艦載機はじり貧になりつつある日本にとって貴重な機体だ。

 機動部隊全体で一〇〇〇機を超える機体定数を持っており、その補充だけで連日、大変な思いをしている。

 特にB29の本土空襲が始まり、航空機の工場への空襲、疎開作業の為に生産現場が混乱し、輸送などに支障が出ていた。

 北山重工の努力により、増産のため各地に工場が分散されていたが、損耗分も含め一千機以上の機体を集めるのは、大変な負担だ。

 空母の被害を少なくするため、やむをえない処置、それで翔鶴が無事だったとしても、機動部隊全体で百機以上の艦載機を投棄したのは痛かった。


「佐久田、作戦及び戦局への影響はないか?」

「大丈夫でしょう」


 山口に尋ねられて、いつものように淡々と佐久田は答えた。

 空気を読まない上、中国戦線で上海事変から苦戦を経験してきた佐久田にとってこの程度の苦境などピンチの内にも入らない。

 沈痛な空気になっても打開策がなければ事態が好転しないことも知っており、冷静に状況を分析し、進言する。


「他の空母、特に大型空母が無事です。間もなくハワイを攻撃した第二次攻撃隊の収容も始まります。一割から二割ほど喪失しているでしょうが、米軍機動部隊への攻撃機を確保するには十分な数です」

「つまり機動部隊への攻撃続行か」

「はい」

「ハワイはどうする?」

「攻撃隊の報告を見る限り、航空戦力は失われたと見るべきでしょう。多くても艦隊を襲撃出来るのは稼働出来るのは一〇〇機以下です。最大の脅威は一五〇機もの攻撃機を放ってきた米軍機動部隊です」


 陸上基地は防御力が高く復旧するのに時間が短い。それでも一日はかかるはずだ。

 一方米軍機動部隊は移動する事が出来る上に、まだ艦載機を残しているはず。

 空母の攻撃隊は搭載機の半数近くを発艦させる能力がある。

 残りの搭載機の数は分からないが、同数の攻撃隊を編成出来る能力を残していると見るべきだ。


「よろしい、攻撃隊の編成を急げ。敵の空母は確実に仕留めろ」

「了解。それと意見具申が」

「なんだ?」

「翔鶴を後方へ下げましょう。飛行甲板をやられましたが船体は無事です。それと阿蘇の乗員救助に駆逐艦二隻を残します。彼らも救助を終了したら転舵して翔鶴へ。あと、救助した翔鶴と阿蘇の整備要員や飛行要員の中から無事な者を他の空母へ振り分けましょう」

「焼け出されたばかりだぞ」

「明日以降も戦いは続きます。動ける者は動かした方が良いでしょう」


 悲惨な境遇に会った者はショック状態となる。

 そのまま放置しておくと戦時神経症になって仕舞う。そのような人間を中国時代、陸戦隊で佐久田は何度も見てきた。

 このような時は何か任務を、軽くて良いから仕事を与え、使命感で悪化を防ぐのが良いという事を理解していた。


「よろしい、振り分けは佐久田に任せる」

「はっ」

「それで我が方の攻撃隊はどうか」

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