航空隊の猛者達

 淵田大佐は二年前、開戦のに際して行われたハワイ奇襲攻撃で航空部隊の総指揮官を務めた日本海軍きっての名指揮官だ。

 三百機以上の航空隊を統率し空襲を成功させ、米太平洋艦隊を全滅させるという日本史上、いや世界史に残る大戦果を挙げた人物だ。

 当然日本でも高く評価されており、日本への凱旋後、天皇陛下に奏上――戦果を報告するという日本の軍人、最高の栄誉を与えられていた。

 その後も南雲機動部隊の一員として半年間各地を暴れ回る。

 ミッドウェー海戦では虫垂炎で出撃出来ず敗北。淵田も搭乗員を心配して降りてきたところで爆発に巻き込まれ、両足を骨折してしまう。

 ハワイで武勲を挙げた人物だったため表向きは処罰されなかったが、部下が敗戦の情報を漏らさないよう監禁されていると知ると、源田、佐久田と共に解放する三田事件を起こした。

 乗員達からは感謝されたが、上層部から睨まれ暫くは、横須賀と海大の教官にされてしまい冷や飯を食わされた。

 しかし戦局の急速な悪化と、海軍の部隊規模の拡大により高級指揮官が少なくなったため、第一航空艦隊参謀として着任。後に連合艦隊参謀となり作戦指導を行っていたが、今回の作戦で再び現場に復帰した。

 そのような人物がやってきたことに田村は驚きを隠せなかった。


「儂からも礼をさせてくれ。無事に艦隊がここまで来れたのも潜水艦のお陰だ」


 そう言って淵田は田村に酒を勧めてきた。

 さすがに田村も断るわけにはゆかず、受けることとなった。


「おお、良い飲みっぷりだ。この後、タップリ敵の商船を沈めてくれよ。俺たちが大戦果を挙げるからな。なあ江草」


 淵田は近くに居た精悍な顔つきの士官に話しかける。


「ええ、二年ぶりですからね。腕が鳴りますよ総隊長」

「今回は、江草が先鋒だからな。絶対に成功させてくれ」

「勿論です。ハワイの航空基地と対空陣地は必ず破壊して隊長達が攻撃出来るよう準備をしておきます」

「期待しているで、江草」


 江草隆繁少佐、艦爆隊を率いて戦った急降下爆撃の神様だ。

 特に開戦初期に命中率八〇パーセントを記録した艦爆隊の功績は大きい。

 戦争後半でもインド洋で商船と護衛艦艇を多く沈めてきた。そのため潜水艦の恩人で在りライバルであり、名前を知らないドン亀乗りなどいない。

 そのような人物までも現れた事に田村は、これが大作戦である事を更に強く意識した。


「必ず目標は全て破壊したるで」

「我々第二波攻撃隊にも目標を残しておいてくださいよ総隊長」


 顔が広く厳つい中佐が話しかけた。


「早いもん勝ちや、残った標的を必死に探して攻撃せえよ嶋崎」


 嶋崎重和中佐。ハワイ空襲時第二波攻撃隊の指揮官として参加し、帰還後天皇陛下に戦果を淵田と共に奏上した英雄だ。

 その後は参謀任務が多かったが、この作戦のために再び実戦部隊に来た。


「ご安心ください。目標は敵の根拠地で目標はたんまりといます。それに何度も攻撃を繰り返すので戦果を挙げる機会はいくらでもあります。しかし、初手は大事にです。敵が反撃出来ないよう、防空部隊と敵戦闘機は必ず破壊してください」

「勿論だ」


 淵田が意気込むと江草、嶋崎も頷く。


「と言うわけで、明日は早いんですから程々にしてくださいよ。しかも何度も出撃する事になります。特に嶋崎中佐はこのあと瑞鶴に帰るんですから」


 信濃での作戦会議のために嶋崎は艦載機に乗って訪れていた。会議が終了し、こうして前祝いを行っていたのだ。


「帰りは別のパイロットに任せるから安心してください」


 佐久田は苦言を言うが、嶋崎は何処吹く風だった。


「しかし、攻撃に全てをかけるのは良いのですが敵の反撃が心配です。敵の陸上攻撃機も多いでしょうし」


 嶋崎は懸念を口にした。

 作戦では、ほぼ全ての艦載機を攻撃に振り向ける予定だからだ。


「艦隊は我々三四三航空隊と他の航空隊が守る」


 懸念に答えたのは、機動部隊防空参謀であり三四三航空隊司令でもある源田実だった。

 航空隊の拡充に尽力した実力者で飛行の腕は確かである。特に航空隊の宣伝に努め各地でデモンストレーションを行い源田サーカスの名で知られている。

 しかし、操縦者としてより参謀としての能力を買われ、陸上勤務が多く実戦経験も敵機撃墜もない。

 しかし、作戦立案、組織運営能力は抜群であり、日本海軍航空隊が活躍出来たのは源田のお陰だ。

 開戦のハワイ作戦でも山本長官の命令を受け作戦を立案し参謀として参加したハワイ作戦最大の功労者といえた。


「淵田達が活躍出来るよう、何度も攻撃出来るよう艦隊を我々の紫電改二で守る。艦隊には指一本達とも触れさせない。だから安心してくれ」

「そりゃ頼もしい」


 淵田は破顔した。

 源田とは同期であり、特に仲が良く、互いに頼っている。

 先のハワイ作戦でも、現場指揮官として淵田を推薦したのも源田だ。

 当時淵田は第三航空戦隊参謀だったが、源田のたっての願いで格下の赤城飛行長を願い出て喜んで受けた。

 結果、作戦の成功に繋がった。


「もう一度、やれるとは嬉しいな」

「ああ、ここにいない者も多いが、再び会えて作戦が出来るのが嬉しい。しかもハワイへの再攻撃というなら参加しない手はない」

 

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