潜水艦乗組員にとっての佐久田
「楽しんでいるか田村少佐」
信濃に作られた長官公室の片隅で食事を食べていた田村に大佐の階級章を付けた人物が話しかけてきた。
「は、はい。美味しく頂いています」
「そう緊張するな。楽しんでくれ」
大佐は手にしていたワイン――要人を艦内でもてなすために戦前輸入され保管されていたフランス産の一品を手にして飲みに誘う。
「では、少しだけ」
英国の影響を受けている帝国海軍において飲酒は任務に支障の無い量に限り許されている。
グラスを差し出し、少量入れて貰って止めた。
「もう結構です。ありがとうございます……」
そこで言葉が途切れた。その理由に大佐は気がついた。
「ああ、済まない。自己紹介が遅れたな。佐久田だ。機動部隊で航空参謀をしている」
佐久田という名前を聞いて田村は驚いた。
ミッドウェー海戦のあと、機動部隊を自在に操り、米軍相手に互角以上の戦いをしているのは、佐久田参謀がいてこそと言うのは全海軍で語られている。
潜水艦隊もお世話になっている。
田村が撃沈スコアを重ねられているのは、インド洋に引き抜かれたからだ。
英国を脱落させるため、通商破壊を行うよう佐久田が強固に主張し潜水艦を集めたからだ。
お陰で他方面の艦隊から文句が出たが、田村達は喜んだ。偵察やら襲撃待機で碌に戦果を挙げられない上、ソロモンなどでは物資輸送に使われる。
だが、インド洋では潜水艦の本来の任務、通商破壊を行えた。
しかも機動部隊が支援してくれたお陰で邪魔な護衛艦艇や対潜哨戒機は排除されている。
魚雷も潤沢に供給され、思いっきり活動出来る喜ばしい海域となった。
商戦攻撃など据え物切り、とうそぶく連中もいるが、じゃあお前が撃沈した船の数は何隻だ、と田村が言うと黙り込む。
一隻たりとも撃沈した事の無い連中が多い。あっても、戦果確認が不十分で、確証はない。
だが、田村の場合は、十隻以上浮上して魚雷を放って撃沈したので確実な戦果を挙げている。
機動部隊の支援あってこそだが、戦果だ。それだけに機動部隊に、戦果を上げられる環境を作ってくれた人物には頭が上がらない。
「どうぞ」
田村は近くにあった酒瓶を取ると佐久田に勧めた。
「仕方ないな」
苦笑しながら佐久田は酒を受け、田村と乾杯して飲み干した。
「今回の作戦の成功は君たち潜水艦のお陰だ。針路上の安全確認をありがとう」
今回の作戦にあたり機動部隊の位置を秘匿するため潜水艦が前方へ進出し敵の哨戒網を確認していた。
北太平洋は冬のため海が荒く航行する船は少ないが戦時下のため米軍の哨戒は多い。さらにソ連への援助船団もいるため、船は皆無ではない。
針路上に船がいないか確認するのは重要だった。
そのために潜水艦を引き抜いたのだ。
「任務ですから」
「制限をかけて苦労をかけたしな。これくらいは当然だ」
偵察のため、敵船の少ない海域へ派遣されるため当然襲撃の機会は少ない。
しかも、発見しても企図暴露を避けるため攻撃は禁止されていた。
それらの我慢を強いたことを考えれば、これくらいは当然だと佐久田は思っていた。
「それに、この後、君たち潜水艦には存分に活躍して貰うからな。存分に英気を養って貰いたい」
「はい」
機動部隊の作戦が終わった後、制限が無くなる。作戦を秘匿する必要がなくなるため、思う存分、活躍、通商破壊することが出来る。
既に命令も下達されており、田村達は翌日明け方より作戦行動、船舶襲撃を許されていた。
今日はその直前の僅かな休息時間であり、機動部隊が存分にねぎらっていたのだ。
「俺たち機動部隊が大戦果を挙げたあと、戦果を拡張出来るかどうかは君たち次第だ。追いに期待している」
「ありがとうございます」
「そうや! 儂らが作戦を成功させたるからな! 絶対に成功させや!」
佐久田の後ろから、ちょびひげを生やした豪快な中年親父が現れた。
「あまり、勢いよく話しかけると戸惑いますよ」
「そうは言うてもな。これだけの大作戦の前だと気分が高揚する」
「興奮しすぎて眠れないって事にならないようお願いしますよ淵田大佐」
「無理やな。こんだけの作戦だとな」
話しかけてきたのが淵田大佐と聞いて田村は驚いて黙り込んでしまった。
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