鹵獲シャーマン戦車部隊

『遅れて申し訳ありません連隊長。第四中隊只今到着しました』

「いや助かった。敵に背後へ回られかけたからな」


 炎上するシャーマンを見たあと、じぶんを助けた日の丸を掲げたシャーマン戦車――自分の指揮下にある第五中隊所属車両に向かって西は言った。

 先のフィリピン戦で第六軍が降伏したことにより揚陸された物資、装備の多くが日本軍の手に落ちた。

 その中には、大量のM4シャーマンも含まれていた。

 硫黄島への移動の際、所属車両を積んだ輸送船を沈められ、装備を失った第二六連隊に代わりとして送られるほどに多かった。

 配備された二〇両のシャーマン戦車を第五中隊と臨時編成された第六中隊に配備し予備として西は使っていた。

 本来ならダックイン――車体を地面に隠して使う予定だった。敵も使っているため、混戦の際味方撃ちの恐れがあったからだ。

 だが、米軍の攻撃が圧倒的なため、第五中隊も使用せざるを得なかった。

 しかし、彼らは活躍してくれた。


「これから思う存分戦ってやります!」


 第五中隊長は嬉しそうに言った。

 彼らの役目はずっと打たれることだった。

 予想されるシャーマンの攻撃に対して標的――守備隊が距離を掴むために予想進路を走り時に小銃を実際に撃って射界や射程を確認するのに使われた。

 またシャーマンが通行可能な傾斜路か否か確認し場合によっては対戦車障害物が有効かどうか、確認するためにも使われた。

 そのために三両ほどが潰されたが、守備隊の戦車対処能力が向上し上陸初日の米軍が次々と戦車を撃破される原因となっていた。

 陰の功労者と言って良い鹵獲シャーマン部隊だが、撃たれるのは本意では無かった。

 実戦でも役に立つ事が証明出来て彼らは喜んだ。


「あまり無理はするなよ」

「ご安心を、必ずや戦果を挙げて見せましょう」

「はは、同士討ちには注意しろ」


 西もシャーマン戦車を好んでいた。

 米国製だが、戦車としての性能が優れている。

 それに航空機用の星形エンジンを搭載するため、車高が高く、一七五センチと当時の日本人にしては長身の西が悠々と入れるだけの広さがあった。

 出来ればシャーマン戦車に乗って指揮を執りたかったが、同士討ちの危険が高いので止めて欲しい。せっかくの四式戦車を活用して欲しいという要望もあり、西は渋々、使っていた。

 大柄なアメリカ人に合わせて設計されており小柄な日本人には大変だった。

 レバーは堅いし、下手にクラッチを入れると、反動でレバーが操縦手を強打することが度々あった。

 しかも狭い車内に入るため戦車兵は小柄な者が選ばれていた事もより困難に拍車をかけた。

 シャーマンを操る戦車兵は木片をくくりつけた靴を履いたり座布団を重ねてペリスコープの位置までかさ上げするなどの苦労があった。

 そのため今一、シャーマンの動きが悪い。

 それでも、今では貴重な戦力だ。


「連隊長! 味方の歩兵が進出しました」

「よし! 陣地制圧は彼らに任せて我々は、このまま敵軍へ突入する。敵の前線部隊を突破し後方を一挙に蹂躙する」

『了解!』


 部下達は元気よく返事をして突入を開始した。

 だが、前進はそこまでだった。

 突如目の前で巨大な爆発が起き、西達の前進を阻んだ。


「これは艦砲射撃か」


 西の推測は当たった。

 戦車第二六連隊の進撃を憂慮したスミスが支援として依頼した艦砲射撃だった。

 海兵隊の前線が崩れ、後方、やっとの事で上陸させた砲兵と物資集積所を蹂躙されるのを恐れたからだ。

 時折、命中弾が出てくる砲撃で運悪く吹き飛ばされるより、戦車と歩兵で確実に制圧されて失ってしまえば硫黄島攻略に多大な影響が出ると判断しての事だった。


「これ以上の攻撃は危険だ。全部隊後退! 第一中隊が先頭に立って後ろに下がれ! その後を第五中隊と第六中隊! 味方撃ちを避けるため日の丸を忘れるな! 残りの中隊は敵の反撃を警戒しつつ砲撃から距離をとり徐々に後退!」

「了解!」


 西の命令で直ちに動き始めた。

 戦車部隊は徐々に撤退する。

 だが直後に西は停止させた。


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