米軍の反撃 西の後退
「全隊一時待て!」
西の命令で戦車隊は止まった。
「味方の歩兵を収容しろ。動けない負傷者を車体に乗せて撤退するんだ」
敵の砲撃で負傷した歩兵が残っているのを見た西は命じた
『しかし砲撃が』
「共に戦ってくれる味方を見捨てるな! 収容しろ!」
西の命令で彼らは他の部隊の負傷者を収容した。
孤立した部隊は余計な負担、保有する食料弾薬や移送の労力を避けるため味方の部隊も歓迎しない事が多い。
だが西は、味方を収容するよう命じた。
「おい! 残した兵はいないか!」
しかも西自身が外に出て負傷者を担ぎ上げていては部下も従わざるを得なかった。
「おい、大丈夫か!」
倒れている人影を見て西は駆け寄った。
だが、海兵隊伍長だった。
重傷で虫の息だったが生きていた。
助けるべきかどうか、西は悩んだ。医薬品は不足しているし、暴行される恐れもある。それに物資が不足しており捕虜にしたらむしろ不自由な生活を強いてしまうかもしれない。だが、彼の懐から落ちた手紙を拾って文面が目に入ると西は、読み込んでしまった。
それは、彼の母親が無事に帰ってくるように書いた手紙だった。
「親の愛情というのは、こういうものか」
西は親の愛情を知らない。
父親は十歳の時、亡くなり母親は正妻ではなかったため、産んですぐに家から出された。
幼くして男爵家を継いだこともあり、甘えられる存在がいなかった。
西は孤独の中で人生を歩んできた。
名家の娘を妻に迎えた子供をもうけたが、親の愛情を知らないためどう接して良いのか分からない。
趣味に熱中し、休暇をとってヨーロッパで馬術にのめり込んだのもそうした孤独が原因の一つだった。
幸いにもイタリアで生涯の伴侶となるウラヌスと出会い、オリンピックで初の馬術日本人金メダルを獲得し名声を得、セレブ達と交流しても孤独からは逃れなかった。
戦争も暗い影を落とした。
世界は機械化に進んでおり、馬の体調管理が必要で個体差も大きく負担の掛かる騎兵を縮小。西も北海道の軍馬補充部へ行かされた。
途中から戦車部隊へ転科したのも、致し方のない事であったが、孤独は更に深まった。
しかし、彼の母親の手紙が西に僅かだが親の愛情というものを教えてくれた。
だが感傷に浸っている余裕は無かった。
すぐに砲撃が雨あられと降り注いできたのだ。
「この辺りも砲撃するつもりか」
弾着が近づいてくるのを見て西は決断した。
「退避する! 載せられる限り戦車に乗せろ!」
「隊長! そいつは敵兵です」
西が担ぎ上げた海兵隊伍長を見て部下が言った。
「ああ、そうだ」
「ですが連れて行くとなると捕虜ということに」
「それが俺の命令だ。直ちに収容し撤退するぞ」
「……分かりました」
西の命令に部下達は従った。
敵味方問わず負傷者は収容され、部隊は後退を始めた。
直後、彼らのいた地域一帯は砲撃の爆煙で見えなくなった。
弾着は移動してきて西達の攻撃発起地点までやって来る。
だが、構築されていた掩体壕の中に戦車を入れたお陰で、砲撃による被害は無かった。
戦車に乗せて後退させた兵士も全員掩体壕に入れており被害はない。
ただでさえ暑く狭い待避壕が更に狭くなると言って他部隊の兵士を排除する指揮官が多い中、西は他部隊、海軍であっても分け隔て無く壕の中に入れていた。
金メダリストの名声だけでなく、人格者としても西は慕われていた。
「敵さん、激しく撃ってきますね」
爆発音を聞く部下の一人が話しかけてきた。
「このまま反撃に移る気だろう」
砲撃で反撃を撃退した後、攻撃に転じるのはよくある作戦だ。
「砲撃が止んだら出撃する。今のうちに燃料弾薬を補充して準備しておくんだ。見張りの兵も出して米軍が迫ってきたら、此方も出撃する。急ぐんだ。砲撃が終わるまでに準備しろ」
「はい、ですが、人員が足りません」
戦車兵は四人から五人程度しかいない。整備の人間にも手伝って貰うが彼らだけで三十トンもある戦車の整備は骨が折れる。
「偵察に関しては護衛に後退で収容してきた兵士も使う。燃料の給油など、彼らに出来る事は手伝って貰おう」
「了解しました」
西は再反撃に備えて準備を始めた。
幸いにも、収容した兵士達は進んで協力してくれた。
命令だけではなく西の人格者としての器量が彼らを進んで協力させるようにしたのだ。
戦車第二六連隊はすぐに準備を整え反撃体制をとった。
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