ディアス軍曹の奮闘

「畜生め!」


 ディアス軍曹は味方の戦車が次々と撃破されていく様を見せつけられ悪態を吐く。


「だから七六ミリを配備してくれた言ったのに!」


 日本戦車が軽戦車ばかりなので、ティーゲルやパンターなどの強力な戦車のいるヨーロッパへ貫通力の高い七六ミリ砲搭載車を送り込んだため、太平洋戦線には貫通力の低い七五ミリ砲搭載車しか配備されていない。

 これまでは七五ミリで貫通出来ない戦車はいなかったが、日本軍が投入した新型には分が悪かった。


「T20重戦車がいればな。ワシントンの連中、統一性の確保の為とか言って作りやがらねえ。いればあんな戦車一撃なのに」


 のちにパーシングと呼ばれる戦車だったが、試験中のため生産されていない。

 統一性確保、生産ラインも部品供給も単一の車両しか使わなければ負担が少ない。ただでさえ混沌とする戦場では異なる規格や兵器が存在しては余計に混乱する。

 日本軍が弾の規格が違う小銃の更新が終わる前に太平洋戦争を始め、最後まで三八式と九九式が混在し混乱した事を考えればワシントンの考えも合理的だった。

 しかし、シャーマン戦車の力は少々、弱かった。

 ヨーロッパ戦線ではティーゲルは勿論パンターでさえ苦戦し、損害を増していた。

 ドイツ戦車に十分対抗出来るのでシャーマン戦車のみで戦えると兵器生産部門から話を聞き重戦車の投入を見送る決定を下したアイゼンハウアーは戦場でのシャーマン戦車の苦戦を聞いて激怒したほどだ。

 ヨーロッパではケーニヒスティーゲルなどの重戦車が投入され、太平洋戦線でも日本がシャーマンを越える新型を投入してきたため、当局もやむなく試作名目でT20 の量産を始め実戦試験のため部隊を編制し少数ヨーロッパに投入していた。

 太平洋戦線へは、輸送、特に揚陸時に上陸出来るか疑問――装備や装甲が重くなったのにエンジンがシャーマンと同じであるため、機動力ががた落ちとなり、砂浜を機動出来るか疑問だったため投入を見送られている。

 ディアスの願いは叶うことはなく、愚痴を言うことしか出来ない。

 だが日本軍が迫っている今、何時までもここにいないワシントンの連中をディアスは罵っているわけにはいかなかった。


「陣地攻撃は不可能だ! 生き残っている戦車は燃料タンクを放棄して後退しろ! 連中の戦車と戦うな」


 目の前の戦車を相手にシャーマンは勝てない。

 警戒はしていたが、日本戦車がこれほど強いとは思わなかった。

 外付け燃料タンクトレーラーを放棄して、身軽になって逃げるしかない。


「おい! 砲手! 残した火炎放射用燃料タンクを狙って砲撃しろ!」

「良いんですか?」

「最早使えない! 日本軍の連中に渡すくらいなら破壊しろ」

「了解!」


 命令を受けて砲手は砲撃で味方が残したタンクを破壊していく。

 ガソリンがタップリ残っていたこともあり、激しく炎上し周囲を黒い煙で覆う。

 視界が効かなくなったこともあり、西は自分の部隊に停止を命じた。

 ディアスは煙幕としての降下も狙って撃たせたのだ。

 だが、何時までも逃げ回ることは出来ない。

 煙幕が切れれば攻撃してくることは明らかだ。

 日本軍が来る前に次の手を、迎え撃つ算段を考えなければならない。


「おい!歩兵、来てくれ!」


 味方の元に戻ったディアスは歩兵を呼んだ。

 十数人の隊員を連れた伍長がやってきた。

 本来なら軍曹が率いるが、殆どが戦死か負傷で後退。最先任が彼だった。

 いや、ディアスが軍曹なのでこの場の最先任だ。

 嫌なことだが仕方なかった。

 まあ、五月蠅い上官がいないのは気分が良い。兎に角自分の思い通りにやらせて貰うとする。


「もうすぐ日本軍がやってくる。こいつを仕留めないと俺たちも後ろの味方も危ない」


 既に砲撃でボロボロだったが、日本軍部隊に蹂躙される事に比べればまだマシだ。

 砲撃は運が悪い奴が吹き飛ぶだけだが、占領されたら全てが奪われる。


「ここで俺たちだけで、いや俺たちが食い止めるしかないんだ。やるぞ!」

「……はいっ!」


 伍長の目に活力が戻った。

 信頼する上官や仲間が戦死、後退し自分一人で部隊を率いらねばならない状況で重圧に押し潰されていた。

 だが、ディアスのやる気を見てやる気を取り戻したようだ。


「それで、装備は何がある」

「小銃に、手榴弾、バズーカです」

「よし、あそこの峰の影に隠れていろ。俺たちが連中を引き寄せ、伍長の前に引きずり出す。その横腹をバズーカで仕留めろ! その間に俺たちは回り込んで連中の後ろに向かう」

「了解!」


 作戦が決まると、すぐに準備を始め、移動した。

 配置に付いて準備が終わった時、炎が消え、煙幕がなくなる。

 戦車二六連隊が煙の向こうから現れると四式戦車を先頭にディアス達へ向かって前進してきた。 

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