マッド・スミスの絶句

「竜巻のなかの木造家屋の家並みだ」


 旗艦エルドラドから上陸海岸の惨状を見た上陸部隊の司令官である第五六任務部隊指揮艦ホーランド・スミスは、そう呟いた。

 マッド・スミス――狂人のスミスと呼ばれるほど荒っぽい性格ですぐに怒鳴ることから付けられたあだ名を持ち、第一次大戦で勇名を馳せる海兵隊きっての猛将である。誰彼構わずわめきちらし、無能ならば相手が誰であれ容赦なく批判する。

 先のサイパン戦で進撃の遅い陸軍の歩兵師団長を更迭する事件を巻き起こしたほどだ。偶然にも相手の師団長の名前がラルフ・スミスだった事から「スミス対スミス事件」と呼ばれる出来事だが、陸軍との関係を険悪にしてしまった。

 そのため上官であり陸軍と共同作戦をとる必要から関係を良好にしようとするニミッツの不興を買った。

 それでもスミスが上陸指揮官の一員としていられるのはスプールアンスが高く評価しているからだ。

 スミスは開戦前に海兵隊念願の師団、第一海兵師団が編成されると初代師団長となる。次いで大西洋艦隊所属の第一軍司令官となり第一海兵師団と陸軍の第一師団と第三師団を指揮下に収めると水陸両用戦の訓練を実施した。

 この訓練は第二次大戦で米軍が上陸作戦を成功させる大きな要因となり彼の評価を高めた。

 開戦後は大西洋で訓練を続けたが、中盤に入りスミスは太平洋艦隊所属の上陸指揮官となり、ギルバート、マーシャル諸島の上陸作戦を指揮。

 サイパン上陸作戦では第一線指揮官として戦った。

 また、陸軍と管轄が被りやすい海兵隊は常に存在意義を問われており常にどんな高官相手でも海兵隊の考えを貫いてくれるスミスを海兵隊総司令官をはじめ海兵隊内部では高く評価していた。

 勇猛果敢でパープルハートを受賞するほどの猛将であり、恐れられても彼の勇猛さを否定する事など誰にも出来なかった。

 そんなスミスでさえ、目の前の海岸で起こった損害、上陸海岸に散乱する上陸用舟艇、兵器、物資、何より倒れた部下達の惨状を目にして愕然とするしかなかった。


「閣下、指示を!」


 部下に求められてもスミスは暫し絶句するしかなかった。

 だが、上官である硫黄島上陸軍司令官ターナーがやって来てはそうもいかなくなった。

 二人はほぼ同じ分野を担当し、権限争いが常に発生していた。二人とも強烈な性格のため常に角突き合わせる相手であるが、同時に力量も認めていた。

 そしてこの危機にいがみ合うほど愚かではなかった。

 短い時間で状況を共有した二人は同じ結論に達し、命令した。


「直ちに増援を送り内陸部へ前進せよ」


 下された命令に部下達は凍り付いた。

 あの地獄のような、損害続出の海岸へまた新たな兵力を送り込む。


「ですが、上陸部隊は大損害を」


 被害を拡大させるとしてか思えず、部下は思わず問い返してしまった。


「海岸に留まる方が危険だ」


 だがターナーは明確に否定した。

 上陸時、無防備になるのは上陸直後だ。この状況で狭い海岸に多数の部隊が留まる方が危険なのだ。

 日本軍が待ち構えていようが、海岸から抜け出し内陸部へ行くしか内。


「上陸部隊には迅速に内陸部へ向かうように命令。硫黄島は何もない。上陸すればあとは押し潰すだけだ」


 ジャングルのない開けた地形である硫黄島は上陸すれば平野戦となり兵力が多い方が勝つ。ターナー達は、作戦立案時そう判断していた。

 だから迅速に大量の兵を上陸させることを優先した。

 数の力で圧倒し一挙に制圧する。硫黄島を五日間で制圧すると言ったのはこのためであり、三個師団もの上陸兵力を集中させたのもこのため。

 一万五千の損害が出ることも上陸時に多大な犠牲が出ると判断しての事だった。

 だからこそ、例え、上陸地点で大損害を受けようと内陸部に入り込めば損害を抑えられると考えての事だ。

 狭い上陸地点に留まる方が損害が大きくなる。

 危険な海岸から一刻も早く部隊を内陸部へ、日本軍を数で押し潰すために進撃を命じた。


「万難を排して内陸部へ侵攻しろ。予備の連隊も投入し上陸させ、一気に進むよう命じろ」

「は、はい」


 苛烈なターナー達の指示はすぐさま各部隊に送られ、実行された。

 そして多くの者が地獄を見ることとなる。

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