沿岸警備隊員 カーターの受難1

「マジかよ……」


 沿岸警備隊の下士官カーターは命令を受けて愕然とした。

 太平洋戦争が始まって動員令が下ったとき、カーターは東海岸にある海辺の街で暮らす多少悪いことをする程度の普通の青年だった。

 パールハーバーを攻撃されたのは憤りを感じたが、遙か遠くの事にしか感じられなかった。

 だが徴兵制度が敷かれるといずれ自分も戦場に送り出される。ならばその前に入隊しようと決めた。

 だが激戦地へ派遣されるのは嫌だった。

 そこで、軍組織でありながら沿岸警備が任務の沿岸警備隊に入隊した。

 確かに沿岸警備隊は独立当時連邦政府の二大収入源、関税と酒税、特に関税の徴収と密輸の取り締まりを行うために作られた組織であった。

 だが当初、中央集権を嫌ったアメリカ合衆国は海軍を中央集権の象徴として、海軍を一時廃止し、沿岸警備隊は唯一の洋上武装部隊となった。

 後に海軍が再編成されるが、武装組織であることは変わらず、有事の際には海軍の指揮下に入ることが定められている。

 そして戦局は沿岸警備隊にも前線に出ることを要求された。

 アメリカ沿岸をUボートがのさばると商船を守る為、護送船団の護衛任務を行った。

 中には実戦を経験しているカッター――沿岸警備隊の伝統で所属艦艇は大きさに変わらずカッターと呼ばれている、そのうちの一隻マクレーンはアラスカ沖で日本の潜水艦と戦ったとされている。

 沿岸警備隊とて最前線にで戦うのだ。

 その事実をカーターは入隊後に知ったが最早後戻りなどできず、大型カッターに配属され太平洋方面で船団護衛に就いていた。

 やがて戦争も中盤に入り反攻が始まるとカーターはさらに重要で激しい任務が命じられた。

 太平洋方面は島を巡る戦いであり、上陸戦が主である。

 その時活躍するのは数百、数千の上陸用舟艇だ。これらの小型艇を操縦する要員が必要であるが、空母などの大型艦艇を運用する海軍だけでは人手が足りないし、海兵隊もライフルマン第一主義で、歩兵以外の職種を見下しており、なり手がいない。

 陸軍も上陸用舟艇を運用しているが、本職ではないし海軍や海兵隊への協力は最小限だ。

 そこで小型船艇を操る事に長けた沿岸警備隊に白羽の矢が立ち多数の上陸用舟艇を運用することになったのだ。

 海軍指揮下に入ったため、沿岸警備隊は拒否出来ず、激戦地へ送り出された。

 カーターもその一人であり、下士官に昇進した彼は全長一一メートル排水量八トンほどのLCVP艇長として、多くの上陸戦に参加した。

 幸い死傷していなかったが、同僚や仲間の艇が至近距離で吹き飛ぶところを何度も見ている。

 今回の戦いでも第一波を送り込んでいたが、幸いにも撃たれず、後続を送り込むため沖合の揚陸艦へ戻っていた。

 その途中、日本軍の反撃が始まった。

 激しい艦砲射撃で吹き飛んだと思っていた日本軍が生き残っていた上に猛烈な方かを浴びせてくることは驚きだった。特に先ほど上陸させた海兵隊員が巨大な火柱と共に上空高く吹き飛び四散する有様は衝撃であり、エンジンを全開にして逃げ帰った。

 命からがら輸送艦に戻ってきたが、日本軍の反撃は続いている。

 そこへ海兵隊を乗せてもう一度戻れというのだ。

 絶句するしか無かった。

 だが命令であり向かうしかない。

 直ちに一個小隊三六名の海兵隊員が乗り込んでくる。

 あの砲撃を見て怯んでいる奴が多く縄ばしごを下りてくるのが遅い。

 だがそれはあの光景を見てしまっては仕方ないことだ。

 カーターも戻りたくないので、出来れば遅れて欲しいと考えていた。


「トロトロするなのろま共!」


 しかし、士官と下士官達が兵士達を蹴り上げ、突き落とすように乗せていく。

 こうして乗り込んできた海兵隊の連中は皆怯えた表情をしている。

 だが、仕方ない。あんな光景を見たらだっれでも尻込みをする。

 今も大爆発が海岸で起きて兵士が一人空高く吹き飛ばされているのを見せつけられるのだ。


  

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