毒ガス使用申請
通常戦闘による硫黄島攻略は、いくら事前の準備、攻撃をしても大損害が予想された。
特にマリアナとペリリューで使われた洞窟陣地は強固な上に、規模が大きく対応しづらい。艦砲射撃でも破壊しにくいのだ。
ターナーと彼の司令部はそのことを、これまでの上陸戦でよく理解しており、対策を考えて、出した結論が毒ガス使用だった。
洞窟陣地に対して拡散しやすく奥まで広がる毒ガスで内部の日本兵を殺すことが最も効果的だとターナーの司令部は判断し使用許可を求めていた。
毒ガス禁止条約を日米共に締結していたが批准はしておらず、国際法上問題は無いと考えていた。
「毒ガスの使用は却下された。国際的批判が起こりかねない」
自分では判断出来ない、外交に及びかねない案件だったためスプールアンスはワシントンに連絡し相談した結果、ダメだった。
毒ガスをタブー視する国際世論、特に前大戦で大きな被害を被ったヨーロッパ諸国、連合国の多くを占める国々の反発を買いかねない。
いくら連合国の盟主であるアメリカでも味方からの余計な反発を産むことは避けたかった。
また米軍が使用する事により日本軍にも毒ガス使用の口実を与え、太平洋各地で大規模な毒ガス戦が起きるのを米軍上層部は危惧していた。
少数でも大規模な被害をもたらす毒ガスは、少数の潜入を得意とする日本軍諜報部隊――中野との相性がよく、潜水艦などで潜入され猛毒ガスを散布される可能性がある。
それに最近は少なくなったが日本の潜水艦は水上機を搭載可能なタイプもある。
米本土を史上初めて空襲した実績もあり、もしその小型機に毒ガス弾が搭載され、軍事施設や人口密集地帯へ攻撃を日本軍が行ったら被害は大きくなる。
大出血が予想される上陸作戦の損害を減らすためとはいえ、毒ガス戦へのリスクを甘受する訳にはいかなかった。
「通常兵力のみでやって貰いたい」
「……了解しました」
ここまで言ってスプールアンスに拒否されてはターナーも引き下がるしかなかった。
「大丈夫だ。可能な限り空母にも支援を命じる。本土襲撃から戻った任務部隊からも戦艦を派遣して上陸前の砲撃を加える。これでどうだ」
「できる限りの事はします」
他の指揮官と違いスプールアンスはできる限りの事、集められる限りの戦力を用意してくれた。
これでは文句を言うことは出来ない。
「では計画通りか?」
「はい、攻略予定は5日間、死傷は15,000名を予想しています」
「やはり、死者はそれほど多いか」
上陸するのは第一海兵軍団の三個師団六万名を主力とする総兵力十一万。
その一五パーセントが死傷するという予測は衝撃的だ。
参加兵力の内一割以上の損害で指揮官の責任が問われる数字なのに事前の予測だけで超えるのは、驚きだ。
「はい」
ターナーは静かに肯定した。
確認しつつもスプールアンスはターナーの言葉に疑問をスプールアンスは感じなかった。
ガダルカナル以来の上陸戦の専門家、そして彼のスタッフは世界一だ。彼らが言うのなら間違いは無いだろう。
「頼むぞ、フォレスタル海軍長官の戦場視察も予定されている。それまでに硫黄島を確保するんだ」
「海軍長官が戦場視察ですか? 何故?」
「君が記者会見で言った数字に皆驚いているからだ」
作戦開始前の記者会見でターナーは損害予測をそのまま口にしていた。
日本と違い、多数の軍事専門家を抱え、従軍記者として活躍する記者も多いアメリカのジャーナリスト界には、ターナーの口にした意味を、絶対数は勿論、割合としての深刻さを理解できる人間が多い。
彼らの口から誇張や修飾詞を多用した中身のない宣伝ではなく本当の意味での国民に深刻さが伝わっており動揺していた。
「少しでも有権者にアメリカが勝利しつつある事を示すためにも海軍長官の視察が行われるんだ」
スプールアンスはそういうが、実際は違う。
確かにターナーの言葉の衝撃と影響力を消すためだが、そのために海軍長官を呼び寄せることはない。
海軍の軍政を担う文官として忙しいのだ。
それでも送られてきたのはフィリピンの敗北で受けた衝撃を和らげるため、敗北してもアメリカは優勢であると国民に宣伝するためだ。
いくら国民を熱狂させようと、こうした茶番は必要なのだ。
そのために送られてくる海軍長官も気の毒だが、お守りをさせられるターナー達前線指揮官と前線部隊にはありがたくない話だ。
「兎に角、硫黄島は重要な日本軍の拠点だし我々にとっても今後重要な拠点になる。ここを占領してくれ。どんな手段を使ってもだ」
「手元にある戦力を以て?」
限界まで集めた戦力のみ、毒ガスを使わずに、という意味を含めてターナーは尋ねた。
「そうだ」
「……了解しました」
明確に言われたらターナーは引き下がるしかなかった。
かくして硫黄島上陸作戦デタッチメント作戦は発動。
ターナーは硫黄島の沖合に出てきて指揮を行っていた。
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