アメリカの戦力事情2

 硫黄島上陸作戦で火力支援にあたる戦艦はいずれも強力だ。

 元々、戦艦は陸上では扱えない――重すぎて移動させる事が出来ない大口径主砲を搭載しており、一隻で五個師団の火力に匹敵するとまで言われている。

 だが、硫黄島に投入される戦艦はいずれも第一次大戦頃に建造された旧式艦であり、特にアーカンソーなどは一二インチ砲搭載の弩級戦艦であり進水が1911年だ。

 ワイオミングなどワシントン条約により装甲と武装を外され砲術練習艦となっていた。だが戦艦の喪失を受けてチェサピーク湾で砲撃演習に使われる練習艦から急遽戦艦へ再改装され駆けつけてきたばかりだ。

 これらの老戦艦隊を水兵達は「おばあちゃん」と呼んでいた。

 確かに彼女たちはノルマンディーのドイツ軍を粉砕したが、ドイツの防御の中心がカレーだったからだ。

 ドイツが、連合軍は海峡のもっとも狭い箇所に、カレー沿岸に上陸すると考えたためた。

 連合軍も勿論承知していたし最初は本命だった。だが、上陸部隊の集結とその後の補給を考えて英国南部の港を多く使える上、海面の広いノルマンディーを選んだ。

 ドイツ側はノルマンディー上陸はあり得ないと判断し防御工事の優先順位を低くした。そのため防御が比較的薄く、破壊しやすかった。

 だがそれでもドイツ軍は頑強に抵抗し、作戦通りに進まなかった。楽観的な予測によるスケージュールだったが、航空援護を受けながらも一ヶ月以上ノルマンディー沿岸周辺から内陸部、フランス中央部へ侵攻出来なかったのは確かだ。

 進撃出来るようになったのはドイツ軍が力尽きたのとパットンの強引な突破力によるところが大きかった。

 しかし、太平洋の島々への上陸作戦では上陸地点など選べない。

 島が小さすぎ、上陸可能な地点は限定されるからだ。

 そのため敵は防備を施しやすい。

 日本軍が徹底して防備を固めていることは十分に想像出来る。いや、やっていない方がおかしい。

 そして上陸作戦で一番損害が出るのは上陸した瞬間であり、浜辺に上がったときが一番無防備になる。

 そこを攻撃されたらひとたまりもない。

 迅速な上陸を行うために様々な機材、上陸用舟艇、水陸両用車両、戦車揚陸艦、ドック型揚陸艦などの機材が開発されたのも大兵力を迅速に、無防備となる上陸直後の瞬間を出来るだけ短くするためだ。大兵力で橋頭堡――上陸地点の防御拠点を作り上げ反撃に備え、損害を抑えることに繋がる。

 だが、幾ら機材を用意しても、アメリカの工業力を使い大量生産しても被害は無くならない。

 隔絶したアメリカの工業力を使っても上陸地点は生み出せず、防御側が僅かしかない利用可能な上陸地点に防衛拠点や障害物を作り上げてしまい待ち構えているからだ。

 防ぐには事前に日本軍の防御兵力を攻撃によって殲滅するしか方法は無いのだ。

 そのためにもターナーは戦力の増強、上陸前の攻撃を徹底、戦力を集中、増強して欲しいを願った。

 70日以上連続して空爆を行ったのも、防御兵力を叩きのめすために他ならない。

 上陸前三日間の艦砲射撃もだ。

 艦砲射撃で上陸地点は勿論、その後方にある日本軍が隠しているだろう砲兵陣地、上陸可能な海岸へ狙いを付けている大砲を破壊しようと考えていた。

 だが、三日でもターナーは硫黄島の防備を破壊するには足りないと感じ十日にするようスプールアンスに求めた。

 しかしスプールアンスは首を横に振った。


「ターナーこれ以上の戦力を我々は投入出来ない。手持ちの戦力で何とかするしかないのだ」


 上官であるスプールアンスの言葉にターナーは反論出来なかった。

 結局、ソロモンの時と同じだ。

 膨大な戦力を作り上げる事が合衆国には出来る。しかし戦力が出来上がるまでには合衆国といえど、他国より短いとはいえ時間が掛かるのだ。

 そして、手元にある戦力は合衆国が出せるほぼ全ての戦力だ。


「ニミッツ長官もこれ以上は出せないと言っている」


 ターナーは、この前怒られたこともありニミッツに対して悪感情を抱いている。

 だがニミッツの手腕は確かだった。

 マッカーサーの戦死により連合国軍太平洋方面最高司令官となり、最初に着手したのが戦線の後退、特にマッカーサーが主導していたニューギニア方面での撤退だ。

 この方面の攻略に使われていた兵力、上陸部隊と彼らを支援する戦艦を含む艦艇、彼らへの補給を行う輸送部隊を削減出来た。

 フィリピンでの敗北後にもかかわらず硫黄島攻略が迅速に行えたのはニミッツの決断あってのことだ。

 各方面からの反対、特に上官であるキングと国民感情――後退を敗北と捉えかねられない状況と反応する世論を恐れるルーズベルトの反対が強かったが、ニミッツは断行した。

 結果、戦力は増強。

 上陸地点に配備されていた火力支援の戦艦、巡洋艦が硫黄島に集中投入出来るようになったのだ。


「これ以上長官を困らせるな」


 ターナーを評価しているスプールアンスだが、ニミッツの手腕も非常に評価している。自分に最大限の戦力を与えてくれた良き上官を悪く言われるのは嫌だった。


「……分かりました」


 そこまで言われてはターナーも、戦力が限界まで投入されている事を知っており、引き下がった。


「では代わりに申請していた毒ガス使用の許可を」

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