アメリカ軍の戦力事情1

「長官、硫黄島への艦砲射撃の件、どうか再考をお願いします」


 硫黄島上陸作戦の前、ターナーは打ち合わせの為に第五艦隊司令部を訪れた時、スプールアンスに直訴した。


「三日間の艦砲射撃では足りません。申請通り十日の射撃をお願いしたい」

「残念だが前にも言ったように、それは出来ない」


 スプールアンスはターナーの要請を却下した。

 十日も砲撃しては大量の弾薬が必要だし、日本本土からやってくる日本の攻撃機の空襲圏に貴重な戦艦を晒しておけない。

 それにこのあとの沖縄攻略作戦のスケジュール上、戦艦の整備、ドック入りを考えると三日に制限せざるを得なかった。

 だが戦艦の数が限られる一番大きな理由は艦砲射撃に使える戦艦の枯渇だった。

 フィリピンの戦いで第七艦隊に配備されていた旧式とはいえ七隻の戦艦が日本艦隊によって全て撃沈されたため、艦砲射撃に使える戦艦が少なくなった。

 幾ら生産力に優れる合衆国でもこの損害を短期間で、僅か三ヶ月でカバーする事など出来ない。

 開戦劈頭、大統領命令で空母建造を優先したため――ルーズベルトの名誉の為に言うが、彼の判断は間違っていなかった、これはのちの航空機の発展と航空戦への転換を見ても明らかだ――戦艦の建造が低調だったとこともある。

 しかし、今は流れが変わり、戦艦の建造も進められていた。

 流れが変わったのはソロモンの戦いで戦艦を含む戦力の消耗と、戦艦の再評価――日本軍による陸上への艦砲射撃によって陸上部隊が大損害を受けてからだ。

 ガダルカナル上陸作戦で度々、日本の戦艦部隊が上陸地点へ――操艦が難しい大型艦で狭い海峡へ夜間に突入するという他の海軍なら無謀と評価される作戦を行い成功させ大戦果を挙げていた。

 そのため突入作戦を度々指揮していた金剛型を主戦力とする第三戦隊司令官栗田少将(当時)を米軍は高く評価。

 彼が行った戦術、戦艦による陸上射撃を大損害を受けたこともあって、いや受けたからこそ威力を正しく認識し、自軍の戦術に組むほどだった。

 さらに戦艦の喪失、特に第三次ソロモン海戦で金剛級戦艦を相手にしたワシントンとサウスダコタが撃沈された事は衝撃だった。

 三〇年近く前に建造された旧式戦艦に条約明け後に建造した新戦艦が撃沈されてはいくら自信過剰なアメリカでも自軍の戦艦に疑念を抱くには十分だった。

 勿論、この戦果は金剛型が優秀なだけで得たわけではない。

 海戦初期に米戦艦の上部構造物を破壊しレーダーを破壊した。日本の水雷戦隊が放った酸素魚雷で大損害を受けたこと。

 撃沈された新戦艦が条約明けとはいえ軍縮条約の縛りが緩んだだけで制限のある中、つなぎとして建造され色々な制約が付き問題のある艦だったため。

 この二点が大きかった。

 だとしても日本の高速とはいえ旧式戦艦、金剛級を撃破出来なかったのは事実だ。

 そのため、アメリカ海軍はソロモン戦後、条約明け後の本命戦艦、条約に縛られず設計され、金剛級を圧倒するべく建造されたアイオワ級、その五番艦イリノイ、六番艦ケンタッキーの建造再開と、日本の新戦艦――大和型を打ち破るために計画されたモンタナ級三隻の起工が行われた。

 特にモンタナ級は空母を優先するルーズベルトによって一度は建造中止が決まったが、ソロモンでの損害を受けて起工を許可した戦艦だった。

 これで金剛級は勿論、一六インチ砲を積んでいると想定される大和型を――アメリカ軍は一八インチ砲搭載艦という確定情報を最後まで掴めなかった――撃沈出来ると考えていた。

 更にマリアナでアイオワ級が沈んだあと、更にモンタナ級二隻の追加建造が認められこれも起工。

 フィリピン沖海戦で旧式とはいえ七隻の戦艦が撃沈されたあと、モンタナ級を更にバージョンアップした新戦艦――、一六インチと想定される大和型を圧倒する一八インチ砲搭載案も候補に入れた大型戦艦の建造も計画されていた。

 だが彼女たちが戦列に加わるのは、まだ先の話であり、スプールアンスの手元には無かった。

 戦争の常として指揮官は手元の戦力で戦わなければならないのだ。


「できる限り戦力を集めて砲撃を行う」


 スプールアンスが言ったとおり、彼は上官であるニミッツに掛け合い合衆国海軍が保有する戦艦を掻き集めて戦闘に投入していた。

 ブランデイ少将指揮下のテキサス、アイダホ、ニューヨーク、ニューメキシコ、アーカンソー、ワイオミングなどの戦艦がそれだ。


「彼らはノルマンディーでドイツ軍の沿岸砲台を叩きのめした実績がある」

「ですが、旧式の上に数が足りません」


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