テリブル・ターナー

 洞窟陣地で日本軍兵士達が愚痴をたれているとき、地上は地獄だった。

 艦砲射撃の爆発と煙によって島が埋め尽くされ、硫黄島が見えなくなってしまった。

 猛烈な砲火を洋上から見ていた米兵達は、島に日本兵は一人も生きてはいまいと誰もが思った。


「作戦は順調に進んでいます」

「わかった」


 旗艦エルドラドの司令部で上陸部隊最高指揮官のリッチモンド・ターナー海軍中将は部下に素っ気なく答えた。

 部下もそれ以上は何も言わず離れた。テリブル・ターナー――恐ろしいターナーと呼ばれる気難しい提督の側になどいたくない。

 だが、ターナーは間違いなく名将であり、あの地獄のソロモンからずっとアメリカが行った上陸作戦に関わってきた闘将。太平洋に置いてアメリカを勝利に導いてきた提督だった。

 ワシントンの海軍省で戦争計画部長を務めているとき開戦。直後合衆国艦隊の参謀副長となりエスピリシスサットへの前線基地建設を進言。ソロモン方面での反攻の礎となり大きく評価される。

 本格的に戦争に参加したのは第一次ガダルカナル上陸作戦だ。

 エスピリシスサットの功績もあり南太平洋方面での上陸戦指揮官として起用されウォッチタワー作戦、第一次ガダルカナル上陸作戦の指揮を行い迅速に上陸。

 日本軍の飛行場を奪取した。

 だが上陸直後に日本艦隊、三川中将率いる第八艦隊の突入を受けて、上陸船団は壊滅、上陸部隊は孤立し撤退を余儀なくされる。

 緒戦で手痛い敗北を受けたが、フレッチャーの機動部隊が勝手に撤退したためであり、ターナーにおとがめはなかった。

 だが第二次上陸作戦ではエスピリシスサットを攻撃され補給が途絶え再び撤退。

 その後何度かガダルカナルへの上陸が計画されたがガダルカナルを拠点とした日本軍に邪魔された。

 それでもターナーは挫けず、入念に準備を行い三度目の上陸でようやくガダルカナルを占領。反攻の第一歩とした。

 ガダルカナル以降、一歩一歩ターナーはソロモンの島を攻略していった。

 ソロモンが一段落するとスプールアンスに乞われて中部太平洋へ転出。タラワ上陸を指揮し、多大な上陸部隊の出血を強いるも占領。

 むしろその戦訓をもとにウォッゼ上陸を指揮し、鮮やかな上陸を見せつけ克服。歴戦の上陸戦指揮官である事を見せつけ、去年夏にはマリアナを攻め落とした。

 ペリリューでは日本軍の頑強な抵抗とウルシーが攻撃されたため撤退する事になり再び土をつけるも、ターナーの腕に誰も疑念は抱かなかった。

 勿論、ターナーは再び立ち上がった。

 苦い敗北を、辛酸を舐めても再び戦いに臨むのがターナーであり、不屈の闘将と言われている理由だった。

 彼と彼のスタッフは上陸作戦のスペシャリストであり、どのような状況でも克服する。ダメでも改善して再び赴き占領すると信じられていた。

 そのため、ターナーの欠点、服務規程に違反して深酒をするなど、取るに足らないとされ上層部は目を瞑っていた。

 流石のターナーも上陸作戦の敗北、勝利しても積み上がる損害、部下達の戦死に心を痛めている。

 特にソロモンでの苦闘は厳しかった。

 損害が出る度に自分の作戦に間違いが無かったか詳細に報告書を読み作戦を改良。次の作戦に備えて綿密に長時間かけて作戦計画を纏め上げた。

 なまじ優秀なため一人で作戦を立て上げて仕舞う、それも海から陸へ上がるという上陸戦、海戦と陸戦を、艦艇と陸上部隊の能力、そして両用戦部隊、果ては支援の為の航空戦力。

 陸海空全ての戦力について知らなければならない上陸作戦の指揮官はターナーの他にいなかった。

 協調性、我慢強さが壊滅的で我が強く自分の意見に固執するという欠点があり、周囲とトラブルになりやすい。

 その我の強さは周囲を常に怒らせて仕舞う。温厚で知られるニミッツ元帥を怒らせ殴られる程にだ。その時もターナーは我の強さからニミッツを殴り返そうとしたが、スプールアンスが慌てて間に入って止めている。

 それでも指揮官となっているのは、極めて強い性格であり精力的な仕事ぶりと職務遂行能力が抜群なためだ。

 部下とするには優秀すぎるという評価が下されるほどターナーの仕事は完璧であり、幾多の敗北を受けても、そして彼を毛嫌いする周囲でさえ、それを否定する事は出来ないし、ターナー以外の上陸戦指揮官がいないのも事実だった。

 結果ターナーは孤立し、その激務によって心身共にボロボロになっており、維持する為に酒の力が必要だった。

 元々、酒好きだったが、ガダルカナル戦が始まってからの激務は彼を疲弊させ、ターナー自身常に疲れ切っていると後の回顧録で回想する程だ。その疲れをごまかすためにも、作戦中は平静を装う事が指揮官として求められたためにも、酒量をアルコール依存症になるほど増やした。

 この時、硫黄島の戦いの前など病人の状態であり、背中に痛みを覚えており肺炎の危険すら遭った。

 酒浸りの度合いはエスカレートしテニアンの戦いのあとの国旗掲揚式では出来上がった状態で出席するなどの醜態を見せた。

 それでも、解任されないのは、上陸作戦の第一人者であるからだ。

 だが、ターナーでも全てが望みのままという訳ではなかった。

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