硫黄島の日本軍兵士
「今日の空襲は終わったか」
硫黄島の洞窟陣地に潜んだ兵士が呟いた。
既に七四日連続でマリアナから空襲が行われている。
B29の出撃があるかないかに関わらずだ。
硫黄島を米軍が攻略目標としたため執拗に攻撃しているとの事だ。
「毎日毎日飽きないことだ」
執拗な攻撃に兵士達は辟易していた。
それ以上に硫黄島での建設作業がきついのに、毎日爆撃されては、堪ったモノではなかった。
マリアナ決戦前から硫黄島は重要拠点として整備されていた。
ソロモンの戦いが厳しくなると、本土からソロモン諸島への航空路の中継基地として、本土で編成された航空隊がソロモンへ飛んで赴くための補給基地として硫黄島の位置は最適であり、島の北東部に元山飛行場がが建設された。
米軍の反攻が始まり、ソロモンで後退が始まると航空基地の維持と防衛のため洞窟陣地と地下施設の建設が行われていた。
閣議決定により絶対国防圏構築が決定されると、硫黄島はその拠点の一つとなり防備が強化された。
マリアナ陥落以降は米軍の上陸を迎え撃つため更に強化されている。
そしてB29の出撃基地となったマリアナへの報復攻撃の拠点として、本土空襲に赴くB29の編隊を早期迎撃するための拠点として最重要と位置づけられていた。
実際、米軍のB29の被害は大きく、硫黄島は大きな障害だった。
おかげで去年11月頭から米軍の空爆が始まっているが、洞窟陣地に籠もっているおかげで人的被害は殆どない。
去年6月に赴任してきた小笠原兵団長栗林中将の命令で縦深陣地と洞窟陣地の建設が命じられたからだ。
これまでの戦訓により水際防御ではアメリカが上陸前に行う艦砲射撃に耐えられない。
艦砲射撃で、敵が上陸する前に、一番攻撃の成果が望める敵上陸時に水際で反撃する守備隊が大損害を受けてしまう、と考えたからだ。
反対論も多かったが栗林は断行した。
そして、サイパンでの失敗、戦訓を生かし洞窟陣地に込もったビアク、ペリリューの粘り強さから後退配備が正しいことが証明されると、更に洞窟陣地構築に熱が入った。
ペリリューの生き残りが中心となった教導隊が硫黄島に派遣され陣地構築に関する指導と講話も行われ、改善が進められている。
結果、非常に強固な陣地が建設され、空襲程度ではびくともしなくなった。
大学卒業後、幹部候補生に志願した建築科出身の予備士官――徴兵され一兵卒になるのを嫌がったのも理由だ――が、硫黄島配属後、島の火山灰を使ってコンクリートを作ることを提案。
即日採用された結果、コンクリートの輸送、特に火山灰の分が現地調達で輸送不要になり、使用量が増えたお陰で強固なコンクリート陣地になっていた。
ただ穴だらけにされた滑走路を補修しなければならないことに兵隊達は辟易している。
「昨日の大盤振る舞いに怒っているのか」
マリアナ向けに配備された無人飛行爆弾梅花を昨夜、命令により大量に発射した。
いつもは空襲した編隊が着陸するところを狙って放つのだが、本土空襲への報復攻撃としてという理由で大量に放った。
「しかし、あんなに放って良いのかね」
ただ命令では在庫を全て発射しろということだった。
大量に送り込まれていたのと、発射機の数が足りないこともあり、結局整備中のものを含め三分の一ほどが格納庫に残っていた。
「おい! 早く地上に出て被害を確認しろ! 発射機の確認もだ」
下士官にどやしつけられて彼らは地上に登った。
「相変わらず臭いな」
硫黄島の名の通り硫黄の匂いが周囲に立ちこめている。
洞窟陣地にガスが籠もりやすいが地上もガスの噴出で常に匂いが漂っている。
それでも蒸し風呂のような地下より地上のほうがまだマシだ。
一部の通路は地熱により七〇度の室温となっている。
人間が生きていける限界を超えた室温など耐えられない。
空襲の間、狭く窮屈な空間に押し込められていた分、外で大きく伸びをする。
先日、本土空襲を受けて航空隊が地上要員と共に輸送機で引き上げたお陰で彼らが使っていた区画も使えるようになった。
だが、地下であることに変わりはなく、閉塞感が強い。外に出られるのはありがたかった。
「おい! アレを見ろ!」
一人が水平線を指さして叫んだ。
海を見た全員が凍り付いた。
水平線を埋めるように膨大な艦船が航行していた。
「父島に向かっているのか」
全ての船が横腹を見ていたため、兵士達は父島侵攻のために航行していると勘違いした。
だが勘違いはすぐに正された。
洋上に現れた艦艇が全ての砲門を硫黄島に向け旋回し発砲した。
多数の光が船から出現し、昼間なのに太陽の光を眩ませるほど輝いた。
「総員退避!」
下士官の命令と共に兵士達は洞窟陣地へ飛びこんだ。
直後、猛烈な爆発が地上で起こった。
「今日は艦砲射撃もあるのかよ!」
「しつこいぞ!」
「無駄口叩いていないで奥へ逃げろ!」
怒鳴っている兵士達を下士官がせき立てる。
背後の入り口近くは爆発で壁が崩れ埋まっている。
そこは危険だったもっと奥へ行かなければならない。
いつもの退避場所へ駆け込んでも振動は止まない。
「畜生、いつまで続くんだ」
呟いている間も爆発音は響いた。
十五分経っても一時間経っても砲撃は続き、永遠に行われるのかと思われた。
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