硫黄島

「これが飛行爆弾梅花の発進カタパルトか」


 摺鉢山の麓、真南に向かって作られた三〇〇メートルの空へ向かうレールを見て佐久田は呟いた。

 脇には夜間に発進させる予定の梅花が並べられ整備されている。

 ドイツのV1を元して作られた梅花は航続距離を稼ぐため本家より大型でエンジンが本隊の真後ろにあるため、一見するとプロペラと操縦席のない航空機に見える。

 パルスジェットエンジンと無人で飛ぶため、プロペラも飛行士が入る操縦席も必要ないのだ。

 今日の発射の為に準備をしていた。

 構造が簡単で大量生産出来るとはいえ、誘導装置が簡単なジャイロスコープのみで精度が低い。まともに命中させるには念入りな整備が必要だった。


「しかし、酷い匂いだ」


 言ってはならないことだが、思わず言ってしまう。

 周囲は硫黄の匂いが立ちこめていた。

 それに蒸し暑い。

 南の島なのだから温かいのは当然だが、この島は地面から熱を出している。

 そのため余計に熱い。


「彼らには頭が下がる」


 守備隊三万人には脱帽する。

 このような熱い場所など勘弁だ。兵学校卒業後、下級士官として改装前の加賀がまだマシに思えてくる。

 誘導煙突沿いの居住区をあてがわれ常時室温四二度などという馬鹿げた空間で寝起きをさせられた。

 ここはさらに酷い。

 地熱が高い地下に洞窟陣地を手作業で作っているのだから。

 熱が高く、十数分で交代しなければ作業が進まない過酷な場所。

 あまりに大変で、本土から増援の作業員を送り込んで急ピッチで作業を進めているほどだ。

 予想される侵攻前に撤収させる予定だが、無事に終わるか心ともない。


「さて、いくか」


 佐久田は視察を終えるとあてがわれた自動車に乗り込み、北の元山へ向かう。

 植物の殆ど無い砂漠のような地形。

 所々谷や尾根があり見通しが悪い。

 海岸も浜辺の直後、急斜面があり上陸しにくい。

 防御に向いているが、物資の搬入が難しく防備が遅れている原因となっていた。


「ここで戦うとなると骨だな」




 東京から南へ一二〇〇キロ。

 絶海の孤島に浮き出た火山列島の一つが硫黄島だ。

 その名の通り、硫黄の産地で明治期に硫黄採取と鮫の捕獲を目的に入植が始まり開戦前には硫黄島村が誕生。千人の人口を抱えていた。

 月に一度の郵便船が訪れるだけだが、硫黄の採取とサトウキビ、コカ、レモングラスの栽培を行っていたため比較的豊かだった。

 マリアナへの中間拠点として便利なため、ソロモンへ向かう航空機が発着する飛行場が整備され更に島は活況となった。

 だが、マリアナ沖海戦前、米軍の航空撃滅戦により島は空襲を受け大きな被害を受けた。

 マリアナ失陥により硫黄島への侵攻も考えられ、軍属となった者を除き、全住人が本土へ疎開、硫黄島村は消滅した。

 現在は、B29の迎撃とマリアナへの空襲を行う海軍第二七航空戦隊と硫黄島を含めた小笠原諸島の守備を担当する陸軍小笠原兵団の兵士及び海軍将兵およそ三万人が駐留しているのみだ。

 そこへ佐久田は輸送機で乗り込んだ。




 司令部も地下に作られていた。

 地上に作っても良いのだが、部下達の苦労を考えると、また戦いが始まればここに籠もることになると考え、当初から地下に置いていた。

 やはり硫黄の匂いがするし室温も高い。

 良好な環境とは言えないが、司令部要員は黙って耐えていた。


「お待たせしました。司令官閣下がお見えです」


 副官が言った後、口ひげを生やした穏やかな表情の男が部屋に入り佐久田を迎えた。

 地熱のため蒸し暑く、特産品の硫黄の匂い、実際には有毒の硫化水素の匂いが立ちこめる部屋の中でも落ち着いた表情で迎えられるのは大した人物だ。


「よく来てくれました」


 小笠原兵団司令官栗林忠道中将はやって来た佐久田を迎えた。


「米軍の侵攻が予想される島に来るのは当然です」

「やはり来ますか」


 真剣な表情で栗林は尋ねた。

 大本営は小笠原諸島、父島、母島へ米軍がやって来ると判断していた。

 しかし、栗林は視察の結果、起伏が多く飛行場建設が難しい父島母島ではなく飛行場適地である広大な平地が広がる硫黄島へやって来ると予想。

 自ら硫黄島に赴き、陣地構築を指示、米軍が上陸すれば自ら防御指揮を最後まで行う所存だった。


「はい、米軍は飛行場を求めてやってくるでしょう」


 佐久田も栗林と同じ意見だった。

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