栗林への要望
この戦争は島々の戦いと言うが、より正確に言えば飛行場適地を求めての戦いだ。
レイテへの上陸はハルゼーの判断ミスだが、飛行場適地があると考え上陸したためだ。
飛行場を求めるのは日米で共通の作戦目標となっていた。
特に硫黄島は本土とマリアナの丁度中間にあり、B29の空襲に邪魔となっているしマリアナへの空襲拠点となっている。
米軍としては絶対に占領したいし、日本軍は守り抜きたい。
「単刀直入に聞きますが、米軍が上陸してからどれくらい保ちますか?」
「洞窟陣地もあり、三ヶ月は抵抗出来ると自負しています」
佐久田の問いに栗林は胸を張って答えた。
「自信がおありですね」
「先日、元山から摺鉢山まで続くトンネルが開通しました。米軍は摺鉢山近くの海岸に上陸、島を横断し摺鉢山を攻略した後、元山へ来るでしょう。我々は上陸した米軍に反撃を行い、撃退する予定です」
マリアナ敗北後、日本軍は最前線となった硫黄島の防備を急ピッチで固めた。
特に、B29の迎撃、マリアナへの空爆拠点として飛行場施設を建設するため、多くの作業員を送り込み、迅速に作業を進めた。
地熱が高い上に、有毒ガスの多い硫黄島での作業は困難を極めたが、人海戦術で進ませ完成させた。
そして飛行場が完成すると、島の防御陣地構築へ転用され、洞窟陣地の完成を見た。
現在は拡張と強化を行っている。
「もし失敗しても持久戦でかなりの期間、抵抗できます。特別教導員の講習もあり、かなり長期間持久できると考えています」
特別教導員とはペリリューとビアクを生き残った者達で構成される特別部隊から派遣される教官だ。
彼らの持久戦で得た経験を各守備隊に伝えるために編成されていた。
全員が最低一階級、もしくは下士官に昇進したのはこのためだ。
それだけ持久戦へ日本軍が転換しようとしている証拠であった。
不意に佐久田は尋ねた。
「二週間保ちますか?」
「二週間とは?」
不機嫌に栗林は聞き返した。
先ほど三ヶ月は抵抗すると言ったのに、聞き返す、それも短い期間保つか、と尋ねてくる。
守備隊一同が死力を尽くして、これまで戦友達が流して得た教訓を元に長期間持久する為に陣地を構築してきた。
これまで行ってきた行為を侮辱されたと感じられたからだ。
「硫黄島は最低でも二週間持ちますか?」
「三ヶ月は大丈夫です」
「いえ、どんなことになろうとも米軍を二週間は硫黄島に引きつけられますか?」
「出来るだけ、長い時間持久することが勝利に繋がると信じています」
改めて尋ねられて少しむっとした栗林だが佐久田の真剣な眼差しに意図を感じた。
「何かお考えが?」
「ええ、一つ作戦がありまして、最悪でも二週間ほど硫黄島には持久して貰いたい」
「そうすれば勝てますか」
「ええ、戦略上は、ですが……」
珍しく佐久田は言いよどんだ。
「なにか?」
「硫黄島が助かるのは、それから二週間、最悪一月以上先です」
米軍上陸から最悪二ヶ月独力で防御を続けろと佐久田は言っているのだ。
ビアク、ペリリューの地獄を報告書で聞いているだけに、流石の佐久田でも心苦しかった。
「勝てるのですか?」
沈黙の中、栗林は佐久田に尋ねた。
「あの強大な米国に勝てるのですか?」
ドイツを手本とし、中国大陸での戦いを想定していた陸軍では珍しく、栗林はアメリカでの駐在経験があり、アメリカの国力を肌身で感じていた。
とても日本が戦い抜けるような相手であることは間違いない。勝利など不可能に思えた。
「アメリカに勝てるとは思っていませんよ。ですが戦争は終わらせないと。そのためには少しでも有利な状況を作り出す必要があります。そのための作戦を、勝てる作戦を立案し実行しようとしています。どうかご理解願いたい」
虫のいい話だとは、言った本人である佐久田も思っている。
何の保証もないのに、秘密ばかりで内容を話さず持久してくれ、出来るだけ長く戦い、あんたの部下が死傷してでも守ってくれ、などと言われて頷く指揮官などいない。
佐久田自身なら、巫山戯るな、といってはねのけるだろう。
中国戦線で楽観的な観測から甘い作戦を立ててどれだけ苦戦してきたことか。
その経験からも絶対に嫌がる度ある。
「分かりました。お引き受けしましょう」
「え?」
だから栗林の返答に佐久田は驚いた。
「よろしいのですか?」
「あなたがミッドウェーのあとから機動部隊で善戦されているのは耳に入っています。先のフィリピンでの勝利は貴方のおかげとか」
「マリアナではしくじりましたが」
「それでも米軍に損害を与えたのは大した物です。これだけの実績があるのですから今回の戦いも勝利してくれると確信しております」
「では」
「はい、何があろうと硫黄島は二週間は保って見せます。ですが三ヶ月は抵抗するつもりです。必ずや勝利し、救出して貰えると信じております。必ずや硫黄島を保たせてみましょう」
信州人特有の純朴な明るい笑みを浮かべて栗林は言った。
正確がねじ曲がった佐久田にはそれが眩しかった。
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