意味なき勝利
「何なのですこれは」
皇居前広場を見下ろせる第一生命館から行進をラジオを聞きながら見ていた佐久田は、呆れるように呟いた。
行進は皇居前広場を通り過ぎ内堀通りを北上、終了地点である竹橋に向かっている。
丁度第一生命保険の本社ビルである第一生命館から見えるので、佐久田は招待されていた。
そして行進を不機嫌に見つめていた。
「英雄の帰還です」
北山重工の社長、北山が答えた。
従業員の生命保険及び保険金の運用――北山財閥の運営資金提供協定を結んでいる関係で第一生命とは取引があり、見やすい位置に部屋をとれたのだ。
本当は佐久田も英雄であり、作戦成功へ導いた功労者として、連合艦隊司令長官豊田大将、機動部隊司令長官山口多聞と共に皇居前広場に作られた招待席、彼らの近くで観覧することを求められた。だが、佐久田は断った。
「勝利したわけではありませんよ」
不機嫌に佐久田は言う。
「それに今回は決戦でした。勝ちはしましたが、その目的は講和するためです。失敗したため作戦は失敗したも同然です」
先の戦いで米軍に大打撃を与えた。
空母三隻を撃沈破、旧式とはいえ戦艦も七隻沈め、十万以上の捕虜を得た。
確かに世界史に残る大勝利だ。
「戦略目的を果たせなければ意味はありません」
だが佐久田は、違うと断言した。
「かつてローマと戦ったハンニバルはことごとく戦いに勝ちました。カンナエの戦いなど史上希に見る大勝利です。ですがローマを屈する事は出来ませんでした。そして彼の祖国カルタゴは滅びました」
歴史上名高い名将ハンニバルは確かに戦場では強かった。だが、彼の目的、ローマを屈する、あるいは祖国カルタゴを助ける事は出来ず、彼の祖国は滅亡した。
ナポレオンも戦場では勝てたが、最後には諸国に攻められ敗れ去り、大西洋の孤島へ島流しになった。
戦場で勝っても戦う目的を達成しなければ大勝利しても意味がないのだ。
「この行進は見世物以外の何物でもない」
目的を達成しなかった戦いを勝利と言い張り、取り繕うように彼らを見世物にするのが佐久田には腹立たしかった。
「あなたが助けた兵士でしょう」
フィリピン沖海戦から一度戻ったブルネイに戻った第一遊撃部隊は、北方の機動部隊が合流したことで再び出撃。
フィリピン東方海域へ進み、米軍が侵攻していたペリリューおよびビアクを奪回、救出に成功した。
米軍の侵攻を受け、抵抗していた彼らの救出に成功したい。
半分以上の兵力を失いながら戦っていた彼らを助けたのは大きな成果だ。
「彼らが生きて祖国の地を踏めたのは、あなたの功績だ」
「確かに兵士が故郷に戻れたのは良いことです」
この点は佐久田も喜んでいた。
徴兵制を敷く日本では職業軍人は下士官以上だけ。
志願兵もいるが殆どは徴兵であり、佐久田達職業軍人は彼らの上官だが、同時に彼らを戦地から無事に帰すことも任務の一つだ。
「ですが彼らが帰れたのは、米軍が戦線整理のために後退しただけです」
佐久田は事実を述べた。
レイテで敗北した米軍はその勢力範囲を大きく後退させた。
確かに米軍は大損害、空母二隻撃沈、一隻大破の損害を受けていたが大半の空母は健在だった。
戦艦多数を撃沈されたとはいえ大半は旧式戦艦であり、代替、補充出来る戦艦はまだ多くいた。
米軍が後退する要因となったのはウルシーの機能停止だった。
空母多数を中心とした機動部隊に陸上兵力十万をの揚陸船団を同時に運用する米軍は巨大な後方支援を必要とする。
その中でウルシーは前線に最も近く、巨大なため多くの補給艦、輸送船、工作艦が停泊し米軍を支えていた。
だが先の空襲でその大半が沈められた。
さらに空母機動部隊を支援する役務群が撃破され機動部隊への補給が滞った。
重量の半分近くを消費する航空機を運用する空母機動部隊は数日間の作戦行動を行えば艦内の弾薬庫、燃料庫は空になるため補給が必要だったがそれがなくなった。
ウルシーより有力な支援基地はマリアナより後方のウォッゼしかなく、山口機動部隊を捕捉損ねた米軍は燃料切れを避けるためにマリアナの東方にあるウォッゼまで後退した。
またウルシーで大量の輸送船を失った米軍は、さすがに前線、特にニューギニアやペリリューへの補給に支障を来すようになり、前線の整理を始めた。
その隙に日本軍は反攻を開始。
ペリリュー、パラオを奪回、解放して補給基地にするとビアクへ進撃、マッカーサーが戦死して混乱している南西太平洋軍を撃退してビアクを解放した。
ソロモンから後退続きの日本軍にとって久方ぶりの前進であり、朗報と言えた。
「だからといって浮かれすぎです。彼らの行進を行っている余裕など我々にはない。いや欺瞞に浸っている余裕などありません」
「あなたが助けた兵でしょう」
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