硫黄島の戦い

勇者達の凱旋

「前へっ進めっ!」


 寒風が吹き始めた空の下で号令が響き渡る。

 冷たくなった空気の中、二千名の兵士からなる二つの集団が前進を始めた。

 彼らは日比谷公園を出ると内堀通りを北へ向かって歩き出し、日露戦争勝利を祝して作られた祝田橋を通り、皇居前広場へ。

 前後は近隣の近衛師団と第一師団からの抽出された部隊が固め、先導と見栄えを良くするために固める。

 何しろ彼らの数が少ない。

 これ以上増やすことは出来ないのだから。

 しかし、国民の前に見せるには数が少ないのは不安を与える。

 少しでも人数を多くして士気高揚を計りたい当局の意図だった。

 確かに、近衛師団と第一師団の部隊によって数が増えパレードの見栄えは良くなった。

 だが、主役である彼らの存在感は些かも衰えなかった。


「おおっ」


 沿道から皇居前広場を行進する彼らを見た国民は、感嘆の声を上げた。

 軍服はこの日のために支給された新品で見栄えは良い。

 特に階級章はピカピカの新品だ。

 全員最低でも一階級昇進、兵士は全員下士官に昇進していた。

 米軍を相手に二ヶ月も激戦を戦い抜いた彼らに対する報償である。勿論、金鵄勲章も贈られていたが、それだけでは足りないほどの武勲を彼らは立てたのだ。

 彼らの歩調は多少のズレはあっても、揃っている。

 しかし、前後の部隊のような揃った杓子定規な動きでは無く、無骨ながらも滑らかな動き。

 歴戦の勇士を思わせる風格に見物客は圧倒された。


「只今、中川少将率いるペリリュー守備隊がやって参りました」


 NHKのラジオアナウンサーの実況が流れる。


「九月の米軍上陸以来、一ヶ月の激戦を戦い抜き、ペリリューが米軍の拠点となることを防ぎ、フィリピンの戦いを勝利に導いた勇士達であります!」


 興奮気味に言うが、間違ってはいない。

 もしペリリューが陥落すれば、米軍は新たな航空基地を手に入れ、上空援護を手厚くし日本軍は劣勢となったかもしれない。

 艦隊の突入は失敗し、逆転負けをした可能性さえあるのだ。

 その意味で彼らは作戦の功労者だ。


「上陸直後こそ一万名近く降りましたが米軍の猛攻の前に次々と戦死。しかし、生き残った彼らはめげずに奮戦敢闘。僅か二〇〇〇名ほどになろうとも連合艦隊が救出に来るまで耐えきり、戦い抜いた精鋭であります」


 確かに特筆するべき戦いぶりだった。

 通常なら一割の損害で、戦闘不能と判断される中、彼らは八割の損害を受けようとも救出部隊が来るまで戦い抜き、勝利したのだから。

 彼らの戦いは伝説的であり、米軍さえ賛嘆を惜しんでいない。

 まさに勇者と言えた。

 だが勇者は彼らだけではない。


「続いてやって参りましたのは葛目少将率いるビアク支隊二〇〇〇名であります。此方は五月に米軍上陸を受けましたが、洞窟陣地に立て籠もり、苛烈な反撃を行って米軍の飛行場建設を妨害。その後も降伏すること無く戦い続け、連合艦隊の救出が来るまで半年近くにわたって戦い抜いた勇士であります」


 マリアナ海戦の前に米軍が上陸したビアクの生き残りだった。

 彼らの援護作戦、渾作戦が計画されたが、マリアナを前にして中止された。

 残念な事にフィリピン及び蘭印方面への航空作戦基地として最適なビアク島を米軍に使用させないために半ば捨て駒となった。

 それでも戦う前に作り上げた洞窟陣地のお陰で、半分以上を失いながらも彼らは生き残り、半年近く戦いを続けられた。


「ペリリュー守備隊もビアク守備隊も戦いの前に作り上げた洞窟陣地に籠もり猛烈な米軍の艦砲射撃から身を守り、上陸時、猛烈な反撃を浴びせ攻勢を頓挫。島を占領させませんでした」


 アナウンサーの言っていることは間違っていない。

 洞窟陣地のお陰で、艦砲射撃や爆撃から兵員の喪失は抑えられた。

 だが、米軍の兵力は多く、徐々に島を占領されて行き、本来守るべき飛行場と飛行場適地を奪われた。

 彼らは少数で防御可能な山岳地帯に後退し、米軍の飛行場建設を妨害する以外に方法はなかった。

 それすら出来なくなると、陣地に籠もった持久戦を行い、時折ゲリラ戦に出る以外はひたすら持久戦を行い耐え続けた。

 だが、そのような状況になっても戦い続けたことは驚嘆だ。

 戦史を見てもそのような事例は非常に少ない。

 彼らは褒め称えられるべき功績を上げたし称賛されるべき存在、凱旋行進が行われてしかるべき勇者だった。


「彼らの様な不屈の敢闘精神さえあれば米軍さえ撃退可能であります。今後も戦いは厳しくなりますが彼らのように一億国民が団結すれば連合国に勝利するでありましょう」

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